金髪女-2
「あっ、いえ、その…… ちょっと疲れたので、ここで休憩を……」
少女は金髪女に本心を見透かされたような気持ちになり、顔がほんのりと赤らんだ。
「うふふ、可愛いわね……」
そう言うと女はおもむろに腰を上げた。
膝立ちの姿勢で上体を起こした金髪女の目線が、少女の目線の位置までせり上がった。
少女は、金髪女の身長が意外に高いことを知り、はっと驚いた。
その女は、使い古された擦り傷まみれの黒いハーフコートを羽織っていた。
そのハーフコートは丈が短く、スラリと伸びた脚が、肉付きの良い太腿の根元まで露わになって何とも艶めかしい。
はだけた襟が胸元まで割け、中から豊満な両胸の膨らみがはち切れ、溢れそうなくらいにはみ出している。
そして、ベルトでキュッと絞り込んだ腰は、まるでコルセットでも着けているかのように深くくびれていた。
初めて大人の色香というものを目の当たりにして、少女は驚きというよりも衝撃を受け、硬直したようにその場に立ちすくんでしまった。
まるで胸元から、股間から、そしてうなじから、雌臭とでも言えば良いのか、怪しげなフェロモンが放散されているようで、少女は何故か危険すら感じた。
「あのっ、よっ、用事があるので、これで……」
少女はうつむき加減のまま、どぎまぎしながら答えた。
緊張のせいか、滲み出した汗を吸った半袖の体操服が体に張り付き、ボディラインが少し透けて見えている。
少女の頭の中で警鐘が鳴り響いた。
(あまりこの人と関わってはいけない。危険だわ、きっと)
少し冷静さが戻って来た少女は、金縛りから解けるように感覚を取り戻すと、ゆっくり後ずさりを始めた。
そして、その場から逃げようと駆け出す瞬間だった。
「ワフウッ」
突然、真っ黒で大きな犬が、金髪女の背後から首を上げた。
大きく開かれた赤黒い口腔からは鋭い犬歯が覗き、激しい息遣いで、平たい大きな舌がヨダレをからませ震えている。
何より、飛び出しそうなくらい見開かれた両の血走った眼に睨まれ、少女は再び金縛りに合ったようにその場で硬直してしまった。
恐怖で血の気が引いて青ざめた少女は、半ば思考が麻痺した頭で必死に記憶を辿っていた。
そう……このツヤのある黒い毛で覆われた筋肉質の引き締まった体躯には見覚えがある。金髪女が時々散歩に連れている犬だ。
散歩はなぜか決まって夜中か明け方。
近隣公園の方角へ向かう鎖のリードを着けた黒い大型犬と、それをエスコートする黒いハーフコートの金髪女。
少女はいつも明かりを消した勉強部屋の窓から、その姿を眺めていた。
この精悍な姿形の猛犬に襲いかかられてはひとたまりも無いに違いない。
あっという間に噛み砕かれ、引きちぎられ、ただの肉片に変えられて最後は彼の胃袋に収まってしまうだろう。
その犬が今、目の前で堂々とこちらを睨んでいるのだ。少女は震えながらゴクリと生唾を飲み込んだ。
「大きいでしょう? ドーベルマンなのよ」
少女はハッと金髪女の方へ目を向けた。
何となく意地悪げな微笑みを浮かべたその顔は、どこか日本人のようで日本人では無いように思えてきた。
少し引きつったように歪ませた口元には、目立たないが小じわが見える。
思っていたよりも若くは無いのかもしれない。30代後半というところだろうか。
「私達ねえ、こうやって一晩中繁みの中でじゃれあうのが趣味なの」
頬を上気させ、額には玉の汗を浮かべ、少し目を潤ませながら金髪女は言葉を続けた。
「抱き合って、キスし合って、お互い嘗め合って。そして一つになるの。こんな風にね」
そう言われて少女は、改めて女と犬を交互に見返した。
生い茂った雑草が女と犬の下半身を隠してはいるが、お互いが背中を向けて尻を突き合わせた体勢になっているのが分かった。
しかし、それが何を意味しているのか、少女にはまだ理解するだけの知識は無かった。
「あなた……彼氏は、いるの?」
唐突に思いもよらない質問をされた少女は、焦って言葉を詰まらせながら、たどたどしく返事をした。
「えっ? いっ、いません!」
少女の困る姿を楽しむように、女は次々意地悪い質問を投げかけてくる。
「うふふ、あなた、お人形みたいに小さくてかわいいわ。もてるでしょ」
「な、何いってるんですか……」
普段言われた事の無い褒め言葉を投げかけられ、少女は頬を赤らめながら視線を自分の足下に落とした。
「あら、もったいないわね……いい体してるのに。あたしが彼氏を紹介してあげようか?」
「いい体って……け、結構です!」
意地悪い笑みを湛える金髪女の顔は増々高揚し、話す言葉も次第に上擦るような声に変わっていく。
「だって、この子……あなたを見て……すごくコーフンしてる……んだもの」
金髪女は、エロチックに体をくねらせ、いっそう艶めかしく悩ましく色香を振りまき始めた。
「ウウウ、ウオッ、オン、オンッ」
ドーベルマンは落ち着きを無くして、そわそわし始めた。体の筋肉を硬直させ、波打たせ、威嚇するような姿勢で少女を見詰めている。
その威圧感と今にも飛びかかって来るかもしれない緊迫感に、少女は心の中で、しまったと思った。
(きっとこの人、ドーベルマンに私を襲わせるつもりなんだわ!)
そう思い始めると少女は足がすくんで力が入らず、やがてワナワナとその場にへたり込んでしまった。
ドーベルマンはガサガサと繁みをかき分けながら、その歩みを真奈美に向けていた。
「いっ……いやあぁ! 助けてっ……」