献花―けんか―-1
島袋慶次が介護施設へ移ったのは、それから一ヶ月ほど後のことだった。
彼は退院してすぐに息子夫婦に引き取られたのだが、そのときの後遺症が神経にまで及び、設備の整った場所でのリハビリが必要なのだと言う。
「あんなに元気そうにしていたのに、人間、なにが起こるかわからないもんだな」
島袋のいる施設から届いた手紙を読みながら、健吾は沈痛な顔をした。
文字が書けなくなってしまった島袋氏に頼まれて、施設の職員が代筆してわざわざ送ってきてくれたのだ。
「息子さんたちの近くにいられるんなら、こっちで一人暮らしをするよりは全然いいと思うけど」
「ああ、そうかもしれないな……」
「あの家も、よその人に売っちゃうんだね……」
「仕方のないことだけど、長年住んでいた家を手放すときの気持ち、俺には痛いほどわかるよ……」
マイホームの夢が叶ったときの気持ちを思い出し、健吾はしみじみと息を吐いた。
「自治会長さんが入院してたときから預かってる柴犬、ほんとうにいただくつもりなの?」
「手紙には、ぜひとももらってくれと書いてある。保健所にやるのもかわいそうだろう?」
「うん……」
あの日の病院での出来事があってからというもの、紗耶香は一度も島袋とは接触していない。向こうからメールが来ることもない。
そうして凌辱の日々から解放されてみると、彼の存在がどういう意味を持っていたのかがよくわかった。
私に官能を教えてくれた人──紗耶香の認識は間違っていない。
だから柴犬の面倒を見てくれと頼まれたときも、そこに島袋の面影を重ねてしまうのも当然だった。
「ワンちゃんの名前、訊くの忘れちゃったね」
「紗耶香がつければいいよ」
夫婦でそんな会話をしていたが、ちょっとしたインスピレーションも浮かばないほど紗耶香の気分は憂鬱だった。
あるとき紗耶香は家の庭で柴犬と戯れていて、自分の指を舐めてくる舌の感触に、ふと、ふしだらなことを考えた。
ぬいぐるみみたいなこの舌であそこを舐められたら、どんな感じがするんだろう──。
そう思うと体が勝手に動いて、気づけばショーツの縦ジワに柴犬の鼻先を感じていた。
「あん……」
まっしぐらにクリトリスをむさぼってくる柴犬の習性を受け入れているうちに情が移って、舐めやすくするためにショーツを横にずらしてやる。
「ワンちゃん、ここだよ、ここをいっぱい舐めて……」
陰唇を指でひろげて女肉をさらす恰好は、どこで覚えたわけでもなく、侘びしい人妻の本能だとしか言い表せない。
「あん……くすぐっ……うふっ……はあ……お行儀よく舐めて……」
けっしてセレブな行為ではないけれど、ぺちゃぺちゃとまとわりついてくる舌先は飼い主に従順で、たちまち紗耶香を虜にさせていく。
「イクうふ、イクんう、ああイ、ク……」
やはりここでも紗耶香は我慢した。
「ありがとう、ワンちゃん、もういいよ……」
ピンク色の血色を太ももに浮き上がらせて脚をそっと閉じる。
そして濡れた陰部をティッシュで拭うと、何事もなかったように呼吸をととのえて下半身を仕舞った。