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人妻苑―ひとづまのその―
【若奥さん 官能小説】

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献花―けんか―-3

 面接を終えて事務所を後にすると、紗耶香はあらためて建物の中を見てまわった。
 人の役に立つ仕事をするのが紗耶香の夢だった。そう考えると、読者モデルとしてカメラに笑顔を向けていた自分は本気で笑えていたのだろうか、という疑問が湧いてくる。
 長い廊下をどこまで歩いても、頭から疑問符が消えることはない。

「こんにちは」

 不意に声をかけられ、紗耶香は立ち止まった。これといった特徴のない長椅子に高齢の男性が座っていて、にこやかにこちらを見つめている。
 紗耶香の表情にたちまち懐かしさが募っていく。

 ここは高齢者を介護するための施設である。そして紗耶香の目の前にいる人物は、彼女がずっと会いたがっていた島袋慶次なのだった。
 こんな偶然があるのだろうかと、紗耶香は複雑な気持ちになった。

「お久しぶりです、自治会長さん」

 再会を噛みしめて紗耶香が言う。

「はて、どこかでお会いになりましたかな?」

 島袋が変なことを言ってくるので、

「私です、野村紗耶香です」

「すまないが、私はあなたのことをまったく知りません」

「そんな……、だって……」

 意地悪を言うときの彼の顔を紗耶香はよく知っている。

「私の記憶が……ないんですか?」

「あなたには申し訳ないが、そういうことになりますな……」

 島袋の仕草に嘘は見当たらなかった。彼がどうしてこんなふうになってしまったのか、島袋を見舞ったことのある紗耶香にはわかっていた。
 しかしその話題に触れることはできない。しだいに目頭が熱くなり、忘れかけていた感情が溢れそうになる。

 せっかく会えたのに、どうして──。

 紗耶香は心の中で号泣していた。家庭という名の鎖でくくりつけられた自分は、彼と再会する資格もなかったんだ。

「どうやらあなたは、大切なものをなくしてしまったようだね」

 やさしい口調で島袋が言ってくる。次の瞬間、我慢していた涙が紗耶香の目からぽろぽろとこぼれた。用意したハンカチがあっという間に濡れていく。

「泣くのはよくないな。明るく笑っていたほうがあなたには似合う。なくしたものは、意外とすぐに見つかるもんなのだよ」

 それはつまり、あきらめることなく献身的に接していれば、いずれ記憶が戻るかもしれないという意味なのだろうか。
 みっともない顔をごまかすようにして紗耶香は微笑んだ。

「私、島袋さんのお世話を頑張ります……」

 ぐすんと涙をすする。

「こちらこそよろしく頼みます、野村さん」

 島袋慶次は柔和に笑った。

 リハビリは彼にとって苦痛でしかないだろう。その痛みをできるだけ緩和させてあげるのが自分の役目なのだと紗耶香は思う。

 私の唇で、乳房で、太ももで、あなたの記憶を蘇らせてあげます。
 だからもう一度、あの頃のように私を辱めてください──。

 紗耶香の花園はすでに微熱で潤っていた。


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