悪戯―いたずら―-1
家のインターフォンが鳴ったので、紗耶香は家事を中断して受話器を取った。平日の正午前である。
「お届け物です」
あまり目立たない制服を着た男性がモニターに映っている。
おそらく実家から荷物が送られてきたんだろうと思い、紗耶香は身なりを気にしてから玄関ドアを開けた。
「ご苦労様です」
「ここにサインを」
男性から伝票を受け取る紗耶香。『野村』と書く行為にも、自分は新婚なんだという照れを感じてしまう。
伝票と引き換えに荷物を受け取ると、紗耶香は厚くお礼を言った。
「奥さん、きれいですね」
不意に目の前の男性がそんなことを告白してきた。
爽やかでいてストレートなその台詞に、紗耶香ははにかむことしかできなかった。素直に嬉しい。
「失礼しました」
きびきびとした動作で男性はすぐに去った。思ったことを口にしないと気が済まない性格なんだろうなと紗耶香は思った。
ともあれ、届いた荷物の中身を確かめなければいけない。
送り主のところには、聞いたことのない社名が表記されている。
雑誌の懸賞でも当選したのかもしれないと、紗耶香は呑気なことを考えていた。
宛名が『野村紗耶香』で間違いないことをよく確認してから、慎重に梱包を解いていく。
中サイズの箱の中に、ティッシュボックスほどの箱が四つ入っていた。ちょうど化粧水がおさまるくらいの大きさで、重さにしてもそんな感じの手応えがある。
そうして一つ目の箱を開けてみると、果たしてそこには不気味な物が入っていた。
「きゃっ」
見た目の異様さにおどろいて、ほぼ条件反射でそれを手離す。
何なの、これ──。
ダークブルーのなめらかな胴体の根元に、粒のそろったパールがびっしりと詰まっていて、枝分かれした部分の先はブラシ状になっている。
過去二十五年間のどこかのタイミングで見たであろうその品物は、紗耶香の意識の中に『ラブグッズ』という文字をすり込んだ。
買った覚えのない物が新婚夫婦の愛の巣に届いたという事実が、紗耶香の恐怖心をじわじわと引きずり出す。
家に一人でいるのが怖い。見知らぬ誰かに大切なものを盗まれたような錯覚に怯える。
まさにその瞬間、ふたたびインターフォンが鳴った。
びくん、と縮みあがる若妻の体。おそるおそるモニターをのぞいてみると、そこには自治会長の姿があった。
あの忌まわしい出来事のあった日から数えて、ちょうど一週間が経った今日である。
とにかく玄関に置きっぱなしの荷物を収納スペースに隠して、先日の思い出を追い払いながら受話器を取った。
「はい……」
紗耶香が応答したあと、モニターに映る島袋慶次の口元がいびつに吊り上がった。
「ごめんください。ご主人はご在宅ですかな?」
「いいえ、勤めに出ていますけど……」
「そうすると今は奥さん一人きりというわけですね?」
健吾が留守なのをわかっていてわざわざこんなふうに尋問する島袋。
「あのう、今日は何か?」
「野村さんにお話したいことがあるのです」
「すみません、今はちょっと忙しくて」
プライベート圏内に踏み込まれることを嫌がる紗耶香。