姦通―かんつう―-2
「最後の一滴までちゃんとしごき出してくれ」
島袋に指示されるままに、紗耶香はペニスを握った手を前後にやった。
しこしことした手触りも気持ち悪いし、口の中にたまっていく唾液の舌触りにも気分が萎えていく。それでも手を休めるわけにはいかないのだ。
「こうですか?」
紗耶香は上目でたずねた。
「奥さんは男の扱い方を知らないようだ。思いやりの精神がまったく感じられない」
しょうがないなと肩を垂れる島袋だが、じつのところ、紗耶香があまりにもスケベな体つきをしているので、今のままでもじゅうぶんに満足していた。
なんて下手くそで、なんて一生懸命なんだ──。
容姿の華やかさとは釣り合わない幼稚な愛撫だからこそ、彼女には希少価値があるのだと島袋は思った。
ここはこう触って、手加減はこうだと島袋が教え込むたびに、紗耶香の指先にもかすかに感情が芽生えはじめる。
男根の先から根元へ、反対に根元から先へ、こきこきとくり返されるペッティングは数分にもおよんだ。
「ご主人には黙っておいてやるから、明日もここへ来なさい」
島袋の放った台詞は、紗耶香の心に深い傷をつくった。
「嫌です……」
そう言って島袋から距離をおくと、紗耶香はきっぱりとした表情を見せた。まだ行為の途中である。
「私に逆らえるとでも思っているのか?」
「私たちのことは放っておいてください……」
「この町に住めなくなってもいいんだね?」
「それは、だから……」
口で言っても聞いてくれないので、紗耶香はふたたび考え込んでしまった。
自分の操(みさお)をまもるべきか、それともマイホームと家族をまもるべきか、答えの出ない自問自答に耽る。
庭先に咲いていたキンモクセイの匂いが、家の中にまで漂っていたことに今になって気づく。
あんなに好きだった匂いが、今ではすっかり腐ったような異臭に感じられた。
不意に、その臭いが動いたかと思うと、目の前の人影が大きくなって紗耶香を包み込んだ。
全身に緊張がはしったときにはもう遅かった。
黒い巨体が覆い被さってきて、紗耶香はそのまま床に押しつけられてしまったのである。
「ひっ」
ほんとうにパニックになったとき、自分の場合は悲鳴らしい声が出ないんだなと紗耶香は気づいた。
体のどこかを床にぶつける音が聞こえたが、痛みを感じる暇もないほどに、めちゃくちゃな力でもって着衣を引き裂かれていたのだ。
「やめっ、離し、てっ」
ちぎれたボタンは床へ飛び散り、ブラウスは無惨なまでに破かれて、胸のかたちどおりにふくらんだブラジャーがそこに姿をあらわす。
「いやあっ」
絶叫とはほど遠い弱々しい声が、誰に聞かれるでもなく室内を虚しく漂う。
スカートをまくってくる手に逆らって、紗耶香も手を出して必死の抵抗を見せる。
「男の力に適うわけがないんだよ」
島袋の強引な出方に体がついていけない紗耶香。
ヴァージンロードを歩いてまだ間もないというのに、こんなかたちで夫以外の男に体をもてあそばれることになろうとは、紗耶香にもまだ信じられない筋書きだった。
左手の薬指にはめている愛のあかしも、この場面では何の効果も発揮しないただのリングだった。