精通タイム 後編-2
――土曜日の午後。
修平は自転車を『Simpson's Chocolate House』の駐車場、プラタナスの木陰に止めた。店の入り口から健太郎が出てきた。
「修平」
「よ、ケンタ」修平は小さく手を上げた。
健太郎は修平を店に招き入れた。そして店内の喫茶コーナーのテーブルに彼を座らせた。
「なんか、すげーな。甘い匂いが充満してる……」
「チョコレートハウスだからな」健太郎は笑った。「来たことないのか? うちに」
「家族と一緒に来たことはあっけど、何かこっぱずかしくて中には入ったことねえな」
「なんで恥ずかしいんだ?」
「だってよ、女ばっかじゃん。客」
「女の人に興味があるんじゃなかったっけ? 修平」健太郎は悪戯っぽく笑った。
「うっせえよ」
店の奥から所々に茶色の染みのついた白いユニフォーム姿の、目の青い男性が、グラスを二つ持って、そのテーブルにやって来た。
修平は思わず立ち上がった。「こんにちは」
「おお、なかなか礼儀正しい少年やないか。君が修平君やな?」
「お邪魔します、おじさん」
ケネスはグラスをテーブルに載せると右手を修平に差し出した。修平は一瞬戸惑った後、ケネスの目を見てその手を握り返した。
「入学した日に、この健太郎と殴り合いのケンカしたんやろ?」ケネスが面白そうに言った。「めっちゃおもろい話やって、家族で大爆笑やったわ」
「す、すんません……」修平は赤くなってうつむいた。
「健太郎の人生初の殴り合いのケンカやってんで。感謝しとるわ」
「え? 感謝?」
「そや。胸襟開いてぶつかり合えるのんが、ほんまの友だちや。仲良うしてやってな」
ケネスはそう言ってにこにこ笑いながらその場を離れた。
「おやっさん、外国人なのに、関西弁なんだな」
「いや、ダブル。じいちゃんがカナダ人。ばあちゃんは大阪の人なんだ」
「そうなんだ。だから関西弁なんだな。でも見かけは思いっきり外国人だよな。目も青いし」
「確かにな」健太郎はグラスを手に取った。「君も飲めよ」
修平もそのアイスココアのグラスを手に取ってストローを咥えた。
「うめえ!」修平は目を見開いて大声を出した。「すんげーうめえよ、これ」
「チョコレート屋だからな、うちは」健太郎は笑った。
健太郎は、店の裏手にある離れの別宅に修平を案内した。
その玄関先で、修平はぽかんと口を開けたままその建物を見上げた。
「何だ、どうした? 早く入れよ」
「お、おまえんち、めちゃくちゃ金持ちなんだな……。家が二つもある……」
「チョコレート買いに来てくれるお客さんのお陰だよ」健太郎は修平の手を引いて、玄関の中に連れ込んだ。
健太郎は修平を部屋に招き入れた。
「隣が妹の部屋なのか?」
「うん」
「隣同士って、やっぱいろいろ考えるんじゃねえの?」
健太郎は呆れ顔をした。「まだそんなこと言ってる」
「どきどきしねえのか?」
「生まれた時からずっと一緒の妹だからな。あんまりそんな気にはならないよ」
「そうか……。でも、妹も同じ水泳部なんだろ? 水着姿見てどきどきすんだろ? あんだけの巨乳だし」
「いいかげんにしろ」健太郎は笑った。「修平って、もうそんなことに興味があるのか?」
「ある」修平は真面目な顔で即答した。「あんだろ? おまえも」
「え?」
「中学生になったからには、エロいこと考えるだろ、普通に。男だったら」
「そ、そうなのか?」健太郎は落ち着かないようにベッドの端に座り直した。
修平は持ってきたバッグをごそごそ探って、中から一冊の雑誌を取り出した。「兄貴が持ってた雑誌」
それは表紙にきわどい水着姿の女性が大写しになった雑誌だった。
「な、何だよ、それ!」
「エロ雑誌」
「なんでそんなもの持ってくるんだよ」健太郎は思いきり赤面していた。
「こんなの見たい、なんて思わねえの? ケンタ」
「お、おも、おも……」
「思うだろ? 思うよな」
「そ、そんなの見て興奮してるのか? 修平」
「兄貴に貸してもらって、ヌいてるぞ、ここんとこ、ほぼ毎日」
「毎日? ぬいてる?」
「は? 知らねえの? おまえ、まだ」
「な、何のことだよ」
「出したこと、ないのか?」
「何を?」
修平は雑誌を傍らに置いて、健太郎の横に座り、肩に手を掛けた。「そうか、おまえまだ未経験なんだな」
「な、何のこと、言ってるんだよ……」