精通タイム 前編-2
鈴掛南中学校には、校区内3つの小学校から生徒たちが入学してくる。その中で児童数が最も多い『鈴掛中央小学校』、川沿いにあって体力向上の研究指定を受けている『河岸(かがん)小学校』、中学校にも近く、最も規模の小さな『楓小学校』の三校だ。
シンプソン家の健太郎と真雪は『鈴掛中央小学校』に通っていた。
入学式の日、昼過ぎにシンプソン兄妹は両親ケネスとマユミと共に、花が散り終わった桜並木の奥にある中学校の正門をくぐった。
校地に入ってすぐの所に建っている体育館の壁に貼り出されていた三枚のクラス分け表の前には、すでに真新しいセーラー服と学生服姿の新入生たちが溜まってきゃーきゃー騒いでいた。
「友だち、たくさん作るんやで」ケネスが真雪を抱きしめ、頭を撫でた。
「ちょっと、パパ、やめてよ。こんな所で。恥ずかしいでしょ」
健太郎と真雪は小走りで駆けて行き、その人混みに分け入った。
「あ、健太郎くん」一人のほっそりした女子生徒が、健太郎の姿を認めて微笑みかけた。
「やあ、恵子ちゃん。早かったんだね」
「健太郎くんは一組だよ」
「そうなの?」健太郎は貼り出されていた一組の名簿に目をやった。「ほんとだ」
「あたしは三組」その少女は少し悲しい顔をした。「健太郎くんと一緒のクラスになりたかったな……」
「あたし一緒だもん!」すぐ後ろから弾けた声がした。健太郎は振り向いた。「あ、真紀ちゃん」
「あたしも一組だよ。これからもよろしくね」その小太りで背の低い少女は笑顔を弾けさせた。
「外国人がいるのか?!」
名簿のすぐ前に立って、偉そうに腕組みをした短髪の男子生徒が大声を出した。「シンプソンってやつがいるじゃねえか」
「シンプソンって言ったら、シンチョコのことなんじゃね?」
その生徒の隣にいた友人と思しき男子もその名簿を見上げて言った。
そのまた隣にいた女子生徒が二組の名簿を指さした。「あ、こっちにもいるよ、天道くん。シンプソンって子。こっちは女のコみたい」
天道と呼ばれたその男子生徒は手を腰に当てて、その女子が指さした所に目をやった。「ほんとだ。双子なのかね……」
健太郎は横にいた真雪の耳に囁いた。「マユ、おまえ、二組らしいな」
「そうみたいだね」
◆
体育館で行われた入学式では、100名余りの新入生がかしこまってステージ上の演台を凝視していた。髪の薄い、太った教育次長が、眼鏡をずり下げ、原稿を食い入るように見ながらお決まりの文面の祝辞を読み終えた後、健太郎はあくびを咬み殺して数回瞬きをした。
「新入生代表 誓いの言葉」
司会の教師の声の後、威勢良く自信たっぷりに「はい!」と返事をして立ち上がったのは、さっき名簿の前で偉そうにしていた男子生徒だった。
健太郎は眉をひそめた。「あいつが、代表?」
その生徒、天道修平はマイクの前で、手に持った原稿に一度も目をやることなく、舞台上の校長に向かって、少年らしい元気な声でよどみなく『誓いの言葉』を言い終わり、丁寧にお辞儀をしてマイクを離れた。
入学式後の学級開きで、新入生は一人ずつ自己紹介をさせられた。
「中央小学校出身のシンプソン健太郎です。水泳をやっています。よろしくお願いします」
健太郎は緊張しながらそう言って、ほっとした様子で椅子に座り直した。
クラス内でひそひそ声が聞こえた。「なんでシンプソンって名前なのかな」「外国人には見えないけど……」
健太郎の列の最後尾に座っていたのが、あの天道修平だった。彼は自分の番が来た時、待ってましたとばかりいそいそと立ち上がり、椅子を机に押し込んでから大声でしゃべり始めた。
「天道修平っす。河岸小学校から来ました。剣道が得意で、中学校でも剣道部に入ります。トマトが好きなんで、給食で出た時、苦手な人は俺に与えてください。よろしくお願いしますっ」
クラス内に笑いが起きた。窓際に座った担任教師も口を押さえて笑いを堪えていた。
休み時間は、図らずも出身小学校ごとの人の固まりができていた。
健太郎は、廊下で鈴掛中央小学校出身の生徒の集団の中心にいた。
「健太郎くん、学級委員長になるんでしょ? 当然」一人の女子生徒が言った。
「健太郎は賢いしな」すぐ横にいた男子生徒が健太郎の肩を叩いた。
そこへ、修平がやってきた。「おまえ、なんでシンプソンって名前なんだ?」
唐突なその質問に、一瞬あっけにとられた健太郎だったが、そのにやついた修平の顔を正面から見据えて言った。「父さんの名字がシンプソンだからだよ」
「おまえんち『シンチョコ』なのか? もしかして」
「そうだよ」
「へえ」
修平はそれだけ言うと、そこを離れ、教室に入った。彼の周りにはすぐに友人の輪ができた。
「修平、学級委員長に立候補すんのか?」修平のそばにいた男子生徒が健太郎のグループの方をちらちら見ながらそう言った。
「やれ、って言われればやるけどな」