満身創痍の初デート -8
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本選開幕の挨拶が始まると、会場中の視線がステージに集中した。黒豹メイドのコスプレをした司会者が、甲高いアニメ声で観客を盛り上げていく。
出場者たちはステージ上で簡単なインタビューを受け、一人づつ挨拶をした。
壇上から見下ろすと、改めて熱気と人数の多さに圧倒されたが、緊張しつつエメリナも挨拶を無事に終えた。
ステージからずっと離れていたけれど、ギルベルトの姿を、ちゃんと見つけられたからだ。
しかし耳の奥には、イヴァンが最後に吐き捨てた言葉が、まだワンワンとうるさく反響している。
かき消したくて、心の中で気楽に呟いた。
(なーんだ。ただの妬みと逆恨みだったんじゃない)
司会者に促され、ステージ上の対戦台に座る。向かいの席にはイヴァンが座った。
ゲーム機には色つきプラスチックの屋根がつき、強い陽射しが画面に反射するのを防いでいる。
けれど、ジリジリと背中や頭を照り付けられるからだろうか?
やけに喉が渇き、動悸が激しい。下腹から不安がせりあがってくる。
『ただいまより、第一回戦を開始いたしまぁす!』
司会の宣言と共に、スクリーンの画面と音楽が切り替わる。
エメリナはいつもと同じキツネ少年を、イヴァンはライオンの王を選択した。
巨大な樹木の城を背景にしたステージで、獣人たちが戦いだす。
(あははっ、こんなヤツのいう事なんか、無視無視!)
必死で言い聞かせる。
頭でわかっているはずなのに……指がこわばってボタンの表面を滑る。スティックの動きがずれる。攻撃はいつもの半分も当たらない。
(ギル先生は、あんなのとは違うもん!)
ボタンを押し間違えた。上段蹴りが空振りし、足を掴まれたキツネ少年が空中高く放り投げられる。
巨大スクリーンに映る映像に、大きなざわめきが上がった。
(先生は……先生は……)
チラリと視線を横にそらし、ギルベルトの姿を探してしまう。どんな顔をして自分を見ているか、気になってしかたない。
「っ!!」
余所見をした隙にガードが遅れ、巨体のタックルをまともに喰らった。
キツネ少年の体力ゲージがゼロになり、獅子王が勝利の雄たけびをあげた。観客たちから興奮の歓声があがる。
(大丈夫……まだ挽回できる!)
本戦は予選と違い、ニポイント先取した者の勝ちだ。これから集中して二回勝てば良い。
二ラウンド目がすぐ始まり、エメリナは両手をぎこちなく動かす。
ドクドクと心臓が脈打ち、空気がうまく吸えない。冷や汗が背筋を伝い、手が震える。
ギルベルトは他の分野なら、何でもエメリナより上手く出来る。
なのに、唯一扱えない電気製品を、目の前で軽々と操っている自分を、彼はどんな気持ちで見ていたのだろ?
ひょっとしたら、気づかないうちに傲慢な態度をとっていたかもしれない。
人は自分が出来る事について、ついつい高飛車になりがちだ。
それで不愉快な思いをした相手にとってみれば、向こうに悪気があったかどうかなんて、関係ない。
(いい気になってなんか……わたし……そんなつもりじゃ……)
イヴァンに恨まれていたなんて、まるで気づかなかった。
コンテストの優勝が決まった時、本当に喜んでくれているのだと、バカみたいに信じきっていた。
確かにあれは逆恨みだと思う。こっちだって正々堂々と努力した結果だ。
でも……イヴァンや他の皆も、優勝を目指して一生懸命頑張ったのを知っていたはずなのに……。
―――自分の優勝ばかり見て有頂天になっていたのは、どこの誰だ?
(もしかして、私……ギルベルト先生にも、無神経だったの……?)
強張った両手が、完全に動くのを拒否した。
画面の中でキツネ少年が、されるがまま攻撃の嵐を受ける。
もう殆ど残っていなかった体力ゲージがゼロになった。
司会が駆け寄り、何か言ってきたが、耳を素通りしてよく理解できなかった。
曖昧な返答をし、観客席にお辞儀してステージを降りた。