山だし-4
(2)
「お母さん、ごはんの支度してるでしょう?」
「いいよ。電話するから」
サトエがさらに何か言おうとしたので、
「大丈夫だよ」
やや強く言った。サトエは黙って頷いた。
「狭くて汚いわよ。びっくりしないでね」
駅からほど近い裏通りにアパートはあった。どこにでもあるモルタル造りの古びた建物である。
「二階なの」
「その方が安全でいいね」
「そう。一階だと洗濯物も心配だし」
飲み屋が立ち並ぶ通りから数分の所で、窓を開けなければ車の音や喧騒は気にならない。
六畳一間と台所のひっそりとした室内。洋服タンスとテレビのほかにはカラーボックスが三つ置いてあるだけである。
「何もないでしょ。何か増やすとよけい狭くなるから。テレビでも観てて」
サトエはキッチンに立つと手際よく食材を刻みながら、ときおり振り向いて何かと話しかけてきた。
「嫌いなものある?」
「いえ、別に」
手持無沙汰で煙草を取り出すと、
「灰皿ないからこの空き缶使って」
他人の部屋には微かに特有のにおいがある。生活のにおいといったらいいのか、これといったはっきりした根源はわからないのだが、そこの住人と結びつく何かを感じるのだ。それは友人の下宿でも親戚の家でもそうであってサトエの部屋が特別ではない。だが、女の意識を伴ったことで、ことさら生々しい彼女のにおいが胸の奥まで沁み渡っていく気がしていた。
食後のひととき、小さなテーブルを挟んで向き合い、私たちは次第に寡黙になっていった。食事中は会話が途切れることはなかった。芋煮の味付けや鶏肉を柔らかくするコツなど、主にサトエが喋って私が相槌を続けた。ところが一段落すると空気が澱み始めた。
湯呑にサトエがお茶を淹れ、口をつけると注ぎ足した。話題がなくなったから重苦しくなったのではなく、原因は私にあったのだと思う。彼女の話に合わせながら、知らず知らずテンポも声を沈みがちになっていったのである。
心は会話とは別のところにあった。
(求める想い……)
それは抑えているつもりでも意識の深い底から這い出してきて、妖しく燃え立ってうねり始めていたのである。悟られまいとすればするほど情火の炎は全身から立ち昇っていたにちがいない。
サトエはその熱風を感じ取っていたのだと思う。
「さて、片付けるかな……」
立ち上がった時に垣間見えた内股の眩いばかりの白い肌。目を射られ、胸を刺されて、かっとなった私の制御のくさびは脆くも砕け散った。
鍋を運ぶサトエの後を追い、背後から抱きついた。
「サトエさん……」
一瞬、硬直したサトエは、
「里見くん……。なによ、びっくりするじゃない」
そう言いつつ言葉に乱れはない。香水の香りを吸い込んで私は頭がくらくらした。うなじの肌の匂いがさらに昂奮を煽った。
「ちょっと、危ないって」
鍋を置いて向き直ろうとするところを、
「好きだ」
乳房を掴んだとたん、サトエは私の腕を振りほどいた。
「里見くん、あたし、そんなつもりで誘ったんじゃないのよ。勘違いしないで」
「わかってます。でも、好きなんです。ずっと好きだったんです」
「里見くん、だめよ、こういうの……」
私が怯まなかったのは勢いというしかない。
引き寄せて強引に唇を押しつけた。サトエの息のにおいがむっと広がった。サトエは、
「むう……」と喉を鳴らし、弱々しく私を押し返そうとする。しかし足元がよろけ、彼女を抱いたまま畳に倒れ込んだ。
サトエの右脚を挟む形になって股間は太ももに密着して重なった。息遣いは乱れ、顔を見合せて、私は彼女の確かな肉感に震えた。
「いい加減にして」
叱咤する言葉でありながら眼差しに怒りの色はない。私たちは熱い吐息を交わしながら見つめ合った。
「やめようね。里見くん。よくないわ。いままでのようにお付き合いできなくなっちゃうよ」
「……」
突然こみ上げてきたのはなぜだろう。目頭が熱くなったと思ったら涙があふれてサトエの胸元に滴り落ちた。
「里見くん……」
彼女の体から力が抜けていくのがわかった。
「好きなのに、好きなのに……」
「男の人はみんなそう言うのよ」
「ぼくは、ちがう……」
サトエは唇を噛みしめて苦しそうに顔を歪めた。
「うん。……あなたはちがう。……わかってる……やさしい……」
「サトエさん……」
私はたまらなくなって声をあげて掻き抱くと乳房を掴んで揉み上げた。
「ううっ」
のけ反ったサトエの脚が極限まで漲った一物を押し上げて刺激した。意図してかどうか、さらに膝が持ち上がり、その圧迫で私は呆気なく噴射してしまった。
「ああ……」
サトエは私の頭を自分の胸に抱え込んだ。
「いいよ。いいのよ。里見くん……」
閉ざされたジーパンの中で吠えるように射精が続いていた。
「ああ……サトエさん……」
めくるめく快感と彼女の匂いに翻弄されていく。硬直と痙攣をサトエに委ねるように身を任せ、私は『女』に酔いしれていた。
やがて起き上ったサトエは横向きになって手で顔を被った。スカートの裾が捲れて薄いブルーの下着が悩ましく覗いている。透けるほどの白い肌。私は為すすべもなく、ぐっしょり濡れた股間に手を当てたままその姿態を眺めていた。