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薬臭い部屋だった。そこで行われたのは、堕胎手術と子宮摘出手術だった。
全身麻酔によって眠っているはずなのに、脳は覚めていて、内臓をいじくりまわす誰かの手の感覚すら鮮明だった。
やめて欲しいと言うつもりでいたが、それは言葉にならなかった。声が出てこないのだ。
そのうちに果物の甘い芳香が漂ってきて、ついでに懐かしい匂いまで混じるようになった。
私はまだ葬(ほうむ)られてなんかいないんだ──。
香澄が病室のベッドで目覚めた時、となりに母親の姿を見つけた。
まだ記憶がぼんやりしていて、自分たちがここにいる理由がわからない。
「お母さん……」
ぽつりと香澄は言った。
おもてを上げた伊智子は、目尻を下げて腰を伸ばした。
「これ、食べるわよね?」
自分の手元を香澄に見せる。右手に果物ナイフ、左手には林檎が乗っている。
香澄は頷いたあとに、刑事はどこにいるのかと訊いてみた。
外に待たせてあるんだと母親は応えた。
加えて、香澄がこの病院に搬送されるまでの出来事も話した。
我が子を見舞うことができるのも、きっとこれが最後になるだろう──。
そんな名残惜しい思いを表情から消し、伊智子は林檎を剥く。
半月状に切った果実を小皿に盛り、めしあがれ、と香澄に差し出した。
窓から入る日差しが、二人の影を床に落としている。
それはまるで、白雪姫と魔女という、因縁の組み合わせを描いているようだった。
おわり