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北条は一度、相手の様子をうかがってから、声の加減を微調整した。
「おもての駐車スペースに停めてある白い軽自動車、あれとよく似た車を現場付近で見たという証言もあります。それは孝生さんの会社の同僚の方から聞きました」
「そうですか……」
聞き逃してしまいそうなほどか細い声で、香澄はつぶやいた。
あきらめというより、こうなることを望んでいるような顔色だった。
「私がどれだけ否定しても、北条さんは私を疑い通すつもりですね」
「もちろんです」
こちらの手持ちのカードをすべて見せようと北条は身構えた。
「ここで一つ確認させてください。香澄さんは花粉アレルギーをお持ちですね?」
「沢田さんから聞いたんですか?」
「そうです。孝生さんの浮気相手である青峰由香里がこう証言しています。たまたま知り合った主婦に誘われて、ドラゴンヘッドという雀荘へ行った。そしてそれが原因で自分はレイプ被害に遭った、とね。彼女は最初、家族に内緒で賭け事に手を出したという後ろめたさから、レイプの事実を否定していました。我々は粘りました。そしてようやく事件性を認めた時、声をかけてきた主婦の特徴として、マスクをしていたと言っています。これは、雀荘のマネージャーである馬渕という男からも聞けました」
「私がその時の主婦で、青峰由香里という女性をそそのかしたと、そう言いたいんですね?」
「問題はそこです」
北条はぬるいコーヒーで口を湿らせた。
花井未亡人の憂い顔は相変わらず可憐なままである。
「雀荘の男らにあなたの顔写真を見てもらいましたが、やはりその時の主婦がマスクをしていたからでしょう、似ている、としか言いませんでした」
それはそうだろうと香澄も思った。
「とにかく、こうして当初の計画通りに、夫には自ら手を下し、不倫相手には闇サイトの住人によって辱めを果たすことができたのです」
「私のところに多額の保険金が下りてくることも、警察は知っているんでしょう?」
香澄が上目遣いに言うと、当然とばかりに北条がうなずく。
香澄は思案する素振りをしてから、
「私も喉が渇いたので、少しだけ失礼します。コーヒーのおかわりをお持ちしましょうか?」
「いただきます」
北条は行儀良く応え、キッチンへ消えていく女のしとやかな後ろ姿を見送った。
たとえばその背中に悪意が漂っていたのなら、すぐにでも彼女を呼び止めるつもりでいた。
だがその必要はなさそうだ。
北条は、こういう時の自分がいちばん嫌いだった。
何かにつけて相手のことを疑い、プライバシーに風穴を空けてそこを徹底的に調べ上げる。
その中からこちらの有利になるものだけを選別し、鬼の首を取ったつもりになるのだ。
手柄などというものに興味はない。
ただし、警察のにんげんによる不祥事がつづいている現状を見れば、自分だけは、という揺るぎないものが必要になってくるのだ。
人命が関わっているだけに、どうしてもデリケートにならざるを得ない部分もある。
そう考えると、自分はまだまだ刑事として未熟だなと北条は自嘲した。