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花井未亡人の横顔は美しく、また穏やかでもあった。
その視線がゆっくりとこちらに注がれて、目と目が合った。
「こんなところでするような話ではありませんね。どこか別の場所へ行きませんか?」
「同感です」
と北条は苦笑した。
「よろしければ、私がお茶を淹れますので」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
微妙な笑顔が交錯した。
おっとりしていながら、心の内に紅蓮の炎を秘めているような花井香澄という女を、北条大祐(ほうじょうだいすけ)の裸眼が捕らえて放さなかった。
◇
花井夫妻の邸宅の一画には、ちょうど車二台分くらいの駐車スペースがあり、黒いワンボックスと白の軽自動車がそこに停めてある。
黒いほうが夫の車で、白いほうが自分のものだと、通り魔事件の直後に訪れた折に香澄から聞かされていた。
何かにつけて観察してしまうのが刑事の癖なのだと思いつつ、前を行く香澄の清楚なシルエットを追うように、北条も花井家の玄関をくぐった。
仏間にてそれぞれが故人に線香を供え、香澄が買い物袋を提げてキッチンへ向かうと、遅れて北条もあとにつづいた。
「他人に中身を見られるのは恥ずかしいので……」
冷蔵庫の前で香澄は言った。ここは主婦の聖域である。
「これはどうも」
北条は一つ会釈して、仕方がないのでリビングのソファーに腰を落ち着けることにした。上等な座り心地がした。
そして、どのような手順で話を進捗していけばいいのかを、この短時間のうちに練りなおしていた。
「法事の時の残り物しかなくて、申し訳ありません」
香澄はコーヒーカップとソーサーを北条の前に勧めた。
北条がそれに笑顔で応じる。
刑事の向かいに香澄も座った。
ほんとうはブラックが飲みたいのだが──という本音を呑み込み、北条はクリームと砂糖の入ったそれをすすった。
「家の中に男の人がいるだけで、なんていうか、ずいぶんと雰囲気が変わるもんですね。主人を亡くして、初めてそのことに気づきました」
「すみません。では、外で話しますか?」
「いいんです。そんなつもりで言ったわけじゃありませんから」
何に照れるわけでもなく、香澄は頬を赤くした。
ところで、と北条は本題を切り出した。
「あなたのご主人は生前、ある女性と深い関係にあったようなのです。いわゆる不倫です」
それを聞いて、香澄は逡巡する素振りを見せた。
「何かの間違いです……」
「信じられないでしょうけど、これは事実です。そしてその女性のことを調べたところ、青峰由香里という名前が浮上してきました。じつは彼女、孝生さんが事件に遭った数日後に、早乙女町の公園で全裸姿で発見されたのです。幸いにも命は助かりましたが、衰弱するほど乱暴されていました」
「もしかして、主人の時とおなじ犯人が……」
「我々もそう考えました。答えはすぐに出ました。おそらく犯人は、孝生さんと青峰由香里が淫らな関係にあったことを知っていて、それが自分にとって都合の悪い人物──」
北条は相手の目の奥を見据えた。香澄の姿が静止している。
「──花井香澄さん、あなたしかいないのです」