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こんなことまでしているのだから、アブノーマルな女だという自覚はある。
しかしこんな体質になってしまったのは、あの事件を体験したからではないのかと、香澄はまた古い記憶を思い起こして遠くを見つめた。
そんな時、家のインターホンが鳴った。玄関口の小窓に人影がある。
香澄は、汚れにまみれたこけしを床に置いて、全裸のまま受話器を取った。
「はい」
と応答しながら壁に寄りかかる。
「宅配便です。花井香澄さんはご在宅でしょうか?」
「私ですけど」
体育会系の雰囲気のある声を相手に、香澄は気持ちよく応対した。
「印鑑、いただけますか?」
「少しお待ちください」
香澄は丁寧に受話器を戻すと、さっき脱いだ黒色のワンピースだけを素肌に着せて、印鑑を手に玄関ドアを開けた。
暖かい陽気を浴びた外の空気が香澄の足首を撫でる。
宅配業者のにんげんは若い男だった。
「ごくろうさまです」
「こちらに印鑑だけ、お願いします」
香澄は伝票に押印して、荷物を受け取った。
たったこれだけのやり取りのうちに、香澄は男の視線を気にしていた。
前屈みの姿勢で印鑑を押した時には、相手の視線は胸元にあてられていて、だから香澄は胸を手でかばう仕草をした。
さらに、しゃがんで荷物を受け取った時などは、すり上がったワンピースの裾から中身をのぞき込む男の目に気づき、さり気なく着衣をなおした。
下着をつけていないことが彼に知られたら、自分はきっとただでは済まないだろう。
しかも体の芯はまだ興奮が冷めないでいるのだ。
「あのう……」
と男の口が動く。
香澄は目の表情だけで、なにか?と聞き返す。
男は目の前の美人から視線を逸らして、棚のこけしに注意した。妄想はすぐにふくらんだ。
今ここでこの人を押し倒して、あれを突っ込んだあとで、めちゃくちゃにレイプして気絶させてあげたい。
それが無理なら、あれを使ってオナニーに狂うこの人の姿を見てみたい。
いいや、きっとどちらも叶いっこない。
外見のきれいな女の人はそれなりに節操があって、下手な誘いには見向きもしないだろう。
自分とは住む世界が違う。そういう目には見えない境界線を踏み越えた時、おそらく自分は犯罪者になっているはずだ──。
「どうかされました?」
ワンピース姿の香澄に声をかけられて、男はようやく妄想から覚めた。
みっともない顔をしていたに違いないと思った。
「ありがとうございました」
男はすぐに仕事の顔を取り戻し、花井家を出た。
最後に口から出た礼は、妄想のヒロインになってくれてありがとうございました、という意味で言ったつもりだった。