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果葬 ―かそう―
【その他 官能小説】

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―6―-1

 沢田透は、居心地悪そうに苦い顔をくり返していた。
 上からの指示とはいえ、自分一人をここへ来させたことに対して、なんて身勝手で不公平な人選なのだろうかと、不満を感じていたからだ。

 しかしながら今、テーブルを挟んで向き合っている相手は、全身に憂いをまとったとびきりの美人なのである。
 いつか信号待ちの時に見かけた美しい女が、こうして自分の目の前にいる。

「あのう、ええと、花井香澄さん。あなたのご主人の孝生さんについて、いくつか質問させてください」

 沢田は生唾を飲み込みながら、露骨に動揺を見せていた。

「私のわかることでしたら……」

 香澄は伏し目がちに応えた。そしてティーカップに手を伸ばし、ロイヤルミルクティーで喉を潤した。

 ここは女性客が多いことで有名な喫茶店のため、平日の今日、こうやってコーヒーを飲んでいる男性客は沢田一人だった。

「ご主人を亡くされたばかりだというのにお呼び立てして、どうもすみません」

「いいえ、そんな。私としても、主人をあんなふうにした犯人を、一日でも早く捕まえて欲しいのです」

 この時になっても香澄は顔を上げようとはしなかった。悲しげな視線がテーブルに注がれている。

「その犯人についてですけど、そういう人物に誰か心当たりはありませんか?」

「心当たり、ですか……」

「ええ。例えば、そうですね。ご主人の周辺に、あなた以外の女性の気配があったのかどうか、という意味ですけど」

 沢田のこの問いに、香澄は即答できないでいた。

 かすかに半開きになった口元に、花井未亡人の白い前歯がのぞく。

「なければないで、そう言っていただければ結構です」

「私の知るかぎり、あの人は女性にだらしない性格ではなかったように思います」

「それじゃあ、金銭的なトラブルは抱えていませんでしたか?」

「ありません」

 そこで香澄は鼻の下に指を添えて、ぐすんと鼻を鳴らし、恥ずかしそうにお辞儀した。
 植物のように優美なその仕草は、沢田の脳に鮮烈な印象をあたえた。

「私、花粉症なんです」

 香澄から告白されて、沢田はようやく自分の誤解に気づく。
 泣いていたわけじゃないことを知り、安堵とともに鼻息をついた。

「我々もこういう仕事をしていると、人に嫌われることのほうが多くて、そのあたりはご容赦ください」

 沢田がなめらかにそう言うと、水を得た草花のように香澄がゆっくりと顔を上げる。
 そして相手の目を真っ直ぐ見つめて、

「沢田さんは、やさしい方なんですね」

 しっとり微笑んだ。

 今日初めて目を合わせたこの瞬間、沢田は口の中に甘酸っぱいものをおぼえた。
 心拍数が急速に上がっていくのがわかる。

「えっと、話を戻しましょうか」

 心の内を見透かされる前に、沢田はあわてて目を逸らした。

「私、怖いんです……」

 香澄のか細い声がした。沢田がそちらに目を向けると、

「あたりまえにあったものが欠けてしまって、心寂しいというか、何もかもが物足りない感じがするんです」

 香澄が訴えかけてくる。その気持ちは沢田にもよくわかった。


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