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「女性が独りきりで暮らしていくとなると、何かと心細いでしょうね」
「はい。両親も早くに亡くしていますので、今は頼るところがなくて……」
香澄は一度、目を伏せた。睫毛の束が下を向くと、その長さが一層際立つ。
こんなふうに対座しているだけで、いよいよ大人しくしていられなくなる予感がして、沢田は会話を切り上げようと手帳を閉じた。
しかしこれだけは、と耳打ち程度にまた口を動かした。
「もうご存知かと思いますが、じつは昨日、早乙女町の公園でちょっとした事件がありまして」
しゃべり出した紳士の話に興味を示し、香澄はうなずいた。
「あなたとおなじくらいの年齢の女性が、そこに棄ててあったゴミ袋の中から全裸姿で発見されています。しかも彼女、どうやら強姦されたあとだったようなんです」
「知ってます」
香澄の瞳に軽蔑の色が浮かぶ。
「夜に外出しなきゃいけないことだってあるでしょうから、花井さん、あなたも気をつけたほうがいい」
言いながら沢田は下心を隠していた。
「いいんです」
香澄はクールにつぶやいた。
「どうせ私なんかがおそわれたって、気にかけてくれる人は誰もいませんから」
「いけません!」
沢田は熱く声を上げた。客の何人かがこちらに注目している。
「すみません、大声を出してしまって。けど、あなたがそんなことを言ってはいけない。あなたはこれからご主人の分まで、ちゃんと生きて行かなきゃならない。自分を粗末にしないでください。少なくとも俺は、あなたという人間に興味があります。だから叱ります」
失礼します、という台詞を置いて沢田は席を立った。
一人残された香澄は、空になった目の前の椅子を呆然と見つめていた。
◇
レジで支払いを済ませて店を出ると、いきなり頭上から冷たいものが降ってきた。
傘を持ち合わせていないことに気づき、沢田はしかめっ面で空を仰いだ。
まったく、雨が降るなんて聞いてないぞ。これだから雨男は困る──。
沢田は自虐に浸った。
するとその頭に黒い雨傘がそっと差し出されて、
「風邪、ひいちゃいますよ」
背後で声がした。
振り返るのが躊躇われるほど、その声には誘惑の甘みが漂っていた。
沢田はゆっくりとした動作で体をそちらに向ける。
期待した通りの美しい未亡人がそこに佇んでいた。
雨はまだ降りはじめたばかりらしく、傘を打つ音にもはげしさが足りない。
じっと見つめ合ったまま黙り込む二人。
やがて、重要なことを告げようとしている香澄の雰囲気を察して、沢田は半歩だけ前へ出た。
そして香澄の赤い唇に注目していると、そこからとんでもない事実が漏らされる。
「私、じつは………………なんです」
こんな時にかぎって、春雷による稲光と雷鳴が、ごうごうとあたりを包み込んでしまった。
それをきっかけに雨足は強まり、しだいにアスファルトを煙らせていく。
しかし沢田は確かに聞いた。花井香澄という孤独な女性がほんとうに言いたかった、その言葉を。