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「ラーメン、おまちどお」
白いコック帽をかぶった初老の店主は、カウンターにどんぶりを置いた。
客の男はそれを自分の前まで引き寄せると、箸もつけないうちに、
「昔ながらの和風だしの中華そばですね」
などと知ったふうな口を利く。
店主はおもしろくない顔をして、
「そばじゃねえ、うちは昔っからラーメンしか出してねえんだ」
むすっと腕組みの姿勢をとった。
まさしく労働者らしい太い腕をしている。
男性客はスープの中に箸をくぐらせると、そこから引き上げたちぢれ麺を一気にすする。
そして納得の表情で何度かうなずき、立ち上る湯気の中で、うまい、うまい、と絶賛しながら食べつづけた。
うまくてあたりまえだ、と店主は無言で次の仕込みに取りかかる。
「じつはですね──」
客の男があらたまって言った。
「──僕はラーメンを食べに来たわけじゃないんです」
突然なにを言い出すんだという目で、店主は男の顔を凝視した。
「少しだけ、お話を聞かせていただきたいのですが」
そう言って男は手帳を示し、加えて北条(ほうじょう)と名乗った。
のちに、店主の顔に焦りの色が滲む。
「それってまさか、今朝の事件のことですかい?」
「そうです。あなたの奥さんが公園で発見したという、あの全裸の女性についてです」
「うむ……」
あまり関わりたくないのか、店主は明らかに狼狽している。
幸いにも北条以外に客はおらず、込み入った話がしやすい状況ではあった。
「わたしが自分で見たわけじゃないから、正確なことは言えませんがね」
そう前置きしてから、ラーメン屋の主は渋々といった感じでしゃべり出した。
「うちの女房がね、いい歳してるくせに若い恰好でウォーキングをやるわけですよ。何が楽しくてそんなことをやりはじめたんだか。それがねえ、何をやっても三日坊主だったあれが、めずらしくつづいてるじゃないですか。わたしに言わせれば──」
「お話の途中、すみません」
「はあ……」
「その部分は結構なので、今朝の状況だけ聞かせてください」
北条が申し訳なさそうに口を挟むと、空気の読めない店主はきょとんとした。
そして中空に漂わせていた目をひらめかせ、話のつづきをした。
「そうそう、そのウォーキングコースの途中に、ちょうどあの公園があるようなんです。んで、不法投棄っていうんですかね、壊れた電化製品に混じって大きなゴミ袋が放ってあったとかで、その中身を確かめたわけですわな」
「そうしたら中から全裸の若い女性が出てきた、ということですね?」
「はあ、女房はそう言っておりました」
「それは何時くらいの出来事でしたか?」
「どうでしょうな、大体5時半から6時のあいだってところですかねえ。なにせ女房のやつ、帰るなり床の間にこもってしまいまして、口を開いても曖昧なことしか言わねえんです」
「お察しします」
北条はゆっくりと瞬きした。