後編-9
中根の墓をあとに、迷路のような墓地内の道をいくつか折れて、西沢家の墓の前に立った。西沢昭一は三十六歳の若さで癌で早世した。小夜子と一つになって最も感激を表わしたのは彼だった。たった一度の機会なのだと行為中に何度口走ったことだろう。
「小夜ちゃんだ、あの小夜ちゃんの中に入ってる」
突きつめればセックスがしたいと、そのことが目的にちがいないのに、それにしてもこれほど歓んでくれることに小夜子は感激したものだ。
(あたしを抱いて燃えてくれている……)
誰でもいいわけではないんだ。
「昭ちゃん……」
「小夜ちゃん……」
叫び続けた彼は終わってもひしと彼女を抱き続け、感動の想いを囁いた。
(昭ちゃん……もう一回くらいしてもよかったかしら……)
小夜子はすぐに感傷を打ち消した。彼だけのお墓ではない。お父さんもお母さんも眠っている。改めて合掌した。
それから井浦正。彼は林業組合に勤めていた。六十を過ぎても現場で頑張っていたのに、間伐材の下敷きになって事故死した。
(彼ったら……)
お寺で勃たなくて半べそをかいていた。それが逞しくなって、
(あたし、感じたよ……)
墓に手を合わせ、必死の形相で小夜子に打ち込む井浦を思い出していた。
来た道を戻り、階段に差しかかると、やや体を斜めにして慎重に降りて行った。ここには手すりがない。
(年寄りが多くなっているのに手すりをつけないなんて……)
去年もゼンリョウに言ったのだがいまだに付けていない。
彼は会う度に太っていく感じで昔の面影はない。子供が三人いて跡取りもいる。来ると孫の話ばかりしていく。
(今度強く言ってやろう……)
いや、甘えてはだめだ。誰だって長く生きていれば年寄りになる。特別なことじゃない。
中ほどで一休みしようとしてバランスを崩して手をついた。そのまま石段に腰を下して煙草を取り出した。
風はほとんどない。吐き出した煙が漂い、流れるでもなく消えていく。目で追ってもいつの間にか見えなくなってしまう。
竹川も時々来る。そして小夜子を抱く。昔の雄々しさはむろんありはしないが、ちゃんと機能を果たす。小夜子も応じるだけの潤いと性感は衰えながらも何とか息づいている。
(これ、すごいのかな……)
竹川はずっと独身を通してこの齢まできた。縁がなかったといえばそれまでだが、小夜子は自分のせいだと思うこともある。
(あたしがだらだらと付き合っていたから、新しい道を選べなかった……)
彼には何度か求婚された。実質、夫婦の交わりを続けていたのだから、それは自然な感情だったのかもしれない。気持ちが揺らいだ時もあった。四十近くなった頃、ふと、子供を産むなら今しかないと思ったのだ。だが、決断は出来ずに月日は過ぎていった。たまに孫のお守りをする同級生に出会うと、羨ましいと思う反面、自分の気楽な立場を考え、自由なようでいてそうでもない複雑な気持ちになる。
好きな人、愛する人が何人も死んでいった。抱かれて幸せなのは束の間だ。
(儚い……)
それは結婚して家庭を持っても同じことのように思えた。子供がいて賑やかな団欒はきっと楽しいのだろう。でもいつまでも続くことはない。
(いつかはみんな同じになる……)そう思う。
畳もうと思いながら店は細々と続いている。
自分はこれからどうなるのだろう。夜中にふと目覚めて暗い気持ちになることもある。あと何年生きていけるのか。……生きるのか……。
小夜子は年金をもらっていない。受給資格がないのである。思えば最初に勤めたタオル会社とその後の経理をした所で給料から引かれた記憶があるが、どちらも短期間に辞めてしまった。それからはアルバイトばかりで、年金手帳はもらったもののそれどころではなくきてしまった。だからといって言いわけにはしたくない。いくらか貯金はあるが遊んで暮らせるほどはとてもない。店を続けているのは生活のためでもある。でもそれだけだったらどうでもよくなったかもしれない。店をやってるといろんな人に会える。それが楽しいし、生きている実感が湧く。
一年前、もうすぐ八十に手が届く兄が一人でやってきて泊っていった。
「この家はお前が守ってきたようなものだ」
自分が死ぬと相続でもめるかもしれないからと、家と土地を小夜子の名義にすると言ってくれた。
竹川は、五十を過ぎてから始めたリンゴ園が成功して順調のようだ。季節になると観光農園が忙しくて小夜子に手伝ってほしいと言ってくる。結婚はもういいから一緒に住まないかと言われたこともある。
「ありがとう……」
つい目頭が熱くなったのは齢ということになろうか。
意固地になっているのではないが、まだまだ一人でやっていける。世話になる時がくるかもしれないけど、人は出来る限り働いて、休憩は必要だけれど、ずっと休んだら癖になってしまうと思う。やっていかなければ……。
(なるようになる……)
いままで生きてきたんだ。……
小夜子は立ち上がって、また体を斜めに傾けた。
(やっぱり、手すりをつけさせよう……)
それくらいはいいだろう。
霞が晴れてきて、町の景観がはっきり見えてきた。