訪問初日-1
1
創立80周年金のレセプションに上杉雅恵は夫の上杉徹と共に招かれていた。
華やかな黄色のジャケットと黒のタイトなスカートは、否が応でもその存在を目立たせていた。高校時代バレーにいそしんだ後も適度に運動をして、現在も小さいながらも地下室の自宅トレーニングルームでエクセサイズを欠かさない身体は、とても34歳とは思えぬ体型を保っていた。
唯一のコンプレックスは臀部の張りがやや大きく日本人離れした厚みがあるために男性の視線を集めてしまうことだった。そしてウエストの細さが、盛り上がった胸と三十路の脂質がのった臀部を引き立たせ、パンツルックになるとそのボディのメリハリが一層際立ってしまうのだ。
だが、元来控えめな性格から肉体への賞賛などを聞くと顔を赤らめてしまうのだった。
本日の会社のレセプションにも体型をカバーできる普通のスカートにしたかったのだが、夫に命じられて渋々タイトスカートにしたのであった。
会場に到着してからすぐに雅恵は、やはり普通のスカートにすればよかったと後悔させられた。夫から紹介される重役達はすでにアルコールが入っているせいか、最初から饒舌だった。そして顔立ちの美しさへの嫌になるほどの褒め言葉の後、必ず体型へと話が移っていくのであった。
常務取締役と名乗る、でっぷりと太った男は雅恵の前に突然現れ、一方的に話しかけて無遠慮に胸と臀部を交互に見比べた。雅恵の冷たい視線を感じた常務は慌てて、近頃の女性も体型が良くなって外人にも負けないようになりました、などと取り繕っていた。
適当にあしらいながらも、その酔いが回った視線が時々ネットリと自分の臀部を盗み見ているのを感じる。
(ああ、やっぱり断ればよかった……)
「おい、雅恵、壇上にあがれ。お前のスピーチの番だぞ。早くしろ!」
突然夫の徹から名前を呼ばれ、雅恵は慌てて壇上にあがった。
「それでは、上杉部長の奥様よりご挨拶を賜りたいと思います。部長夫人どうぞ」
雅恵が壇上に現れると会場からは拍手が鳴り響いた。
「ご紹介にあずかりました上杉の妻、雅恵でございます。本日は、お招きいただき大変光栄に存じております――」
2
滝山謙一はさして面白くもないスピーチなど聞く気は更々なく、会場の飲食物を適当に取っていた。45歳という年齢にしては身体が引き締まっているのは、長年にわたって現場での作業員として働いて、常に身体を使う肉体労働者だったからに他ならない。
レセプション会場では、来賓や重役やらが入れ代わり立ち代わりスピーチをしている。
また、誰かがスピーチを始めたようだ。
「おい、上杉の女房だってよ。あれが噂の女房か」
ざわつきの中の会話が耳に入り滝山は思わず壇上の女性を見た。
なめらかな口調でスピーチを行う女性のタイトスカート越しにツンと上がった形の良いヒップが見てとれ、そこから上品なスラリと伸びた足が見える。盛り上がる胸と豊満な臀部は絞られたウエストでより強調されていた。ジーンズの着こなしが似合うようなヒップをもった若者が増えてきたが、この女には負けるだろう。尻の厚みは外人並みといっていいだろう。
部長の上杉は強引な手腕で派閥を広げ、滝山達の弱小チームをも呑み込み、今や社内でもかなりの力をもっている。その手法と威圧的な態度に多くの社員が屈し、左遷などの憂き目にあってきた。
上杉部長は、このまま順当にいけば取締役になるのは間違いなかった。年功序列のこの会社では高齢の部類にはいっている。
だが、そんな上杉に早く亡くなった先妻の連れ子と共に、歳の離れた美人が籍を入れたと噂の種になっていた。籍を入れた10年程前に、妬みや恨みをもった連中が“上杉部長はどんなセックスをしているか?”と下ネタ話に花を咲かせていた。
(上杉部長は、あの女房を今でも抱いているのだろうか……)
滝山は少し変わった性癖をもっていた。女性を普通に抱くことに飽き足らず、何らかの拘束や苦痛を加えないと満足できなかった。そういう関係のパートナーは、絶えず抱えていたが今はいなかった。
最後にキープしていた女は夫のセックスレスに不満をもつ40歳代の主婦だった。
滝山に縛られて不自然にはみ出した乳房を洗濯挟みにつねられて、涎を流していた。不審に思った夫に携帯電話をチェックされ関係を清算したのが一年前だ。