コックリング-2
2
脅しが効いたのか次のプレゼンでの俊介の活躍ぶりは前回とは別人のように素晴らしいものだった。凛々しく自信ありげな姿に冴子すらも惚れ惚れしてしまった。だが、そんなことはおくびにも出さずに無事プレゼンを終えて二人で顧客先をあとにした。
「俊介君、やればできるじゃない」
「いえ、課長には前回ご迷惑をかけましたから、こんどこそ挽回しなければと思いまして」
俊介は以前、手ひどく冴子にふられ仕事では叱責を受けたので完全に上司として接しているようだ。
「よく頑張ったわ。ご褒美。今日、飲みに連れて行ってあげる」
「ええっ、今からですか?」
既に5時を回っているので直帰しても何も問題はない時間だ。だが俊介は気もち的には今は冴子を上司ととらえており、以前のような異性としての感覚はなく、ふられた経緯もあるのであまり乗り気ではなかった。
突然立ち止まった冴子が俊介を真っ直ぐ見つめた。
「あなた、彼女はいるの?」
俊介は冴子の直球の視線が恐ろしくて目を逸らせた。
「か、彼女ですかぁ。今は、いませんけど……」
「だったら何も問題ないでしょ。さっ、いらっしゃい」
有無をも言わせない雰囲気に俊介はすっかりのまれて足早に歩く冴子の後に、
慌ててついて行った。
オフィス街から歓楽街にやってくるだけで、雰囲気の違いに仕事のことはすっかり忘れてしまうような気分になる。この街は一見したところ賑やかで雑多な感じだが、個々の店舗をよく見ると当たり前のように怪しげな商品が売られている店が点在している。街全体から猥雑さが、汚水のように沁み出ているようだ。
俊介はプレゼンの時は緊張からか、全く気にしていなかった冴子の短いスカートから延びる足の艶めかしさに、今更ながらドキドキさせられていた。足早に先に歩く冴子のくびれたウエストから広がる形の良い臀部が歩くたびにクネクネと左右にくねるのが気になって仕方が無かった。
「この店」
突然立ち止まった冴子に危うくぶつかりそうになった俊介は顔を近づけすぎて、慌てて数歩後ろに退いた。ジッと顔を見ている冴子がフッと笑みを浮かべた時、俊介は前回飲みに行った時とは冴子の顔が全く別人の顔に変わったように感じた。
冴子が案内した店は、以前小宮山と飲みに来た店だった。あの時小宮山はこの店内で冴子に催淫剤という罠を仕掛けたのだった。
(今度は私が罠を仕掛ける番)
冴子は二階にある店舗までの階段をゆっくりと先に上って行った。プレゼンの時は必ず短めのタイトなスカートで行く。顧客への印象を少しでもいい方向にもってゆくのには女の武器を最大限使わない手はなかった。しかし、今のターゲットは後ろからついてくる谷俊介だった。
多くの男性は女性のどこを見るかとの質問で多いのは胸だが、こと遊び人に関しては臀部だと答える。女の“しとね”での価値を尻で見いだしているのだった。
俊介も今、階段を上がる冴子の尻を凝視しているに違いない。わざとゆっくり上がり、階段の段差で左右に蠢く尻の形をぞんぶんに見せつけてやった。
「いらっしゃいませ。お二人様でございますか?」
入口で出迎えた男性の名札には店長の文字が打たれている。
「そう、二人」
「あちらの窓の席はいかがでしょうか?」
7割くらいの入りだったが、全面ガラスの窓際の席が折よく空いていた。
「そうしていただくわ」
「かしこまりました。こちらからどうぞ」
店長からウエィトレスの女性が引きつぎ、席まで誘導してくれる。小宮山が案内してくれたこの店は値段の割にはホスピタリティとクオリティの高い店で冴子は気に入っていた。
席についてからも俊介は落ち着かない様子だった。
「今日の俊介君、格好よかったわよ。見違えちゃった」
「ありがとうございます。少しはお役にたてたでしょうか」
冴子がくだけた口調で話しても俊介は硬さがとれないまま、あくまでも上司に対しての会話からはずれてこない。余程この間の叱責が身に応えたらしい。このオープンで明るい店での攻略は難しそうだ。ひとまずこの店では仕事関係のあたりさわりの話をしながら酔わせる方向にもってゆくのが良さそうだ。
冴子は俊介がアルコールはかなりイケるクチであることは知っていた。俊介が今回いい結果を残したとはいえ仕事自体に熱意をもっているとは、とても思えなかった。こういった場所で仕事の話を延々と続けて間をもたせなくして、ついつい飲み過ぎるように仕向けることにした。
「俊介君はこれからウチの会社をどうゆう方向で導きたいとおもっているの?」
「私とすれば営業部門が先導して、積極的に他部門との連携を深めるべきだと考えています」
冴子は俊介の話を熱心に聞くふりをしながら、ビールを勧めながら合間にアルコール度数の強い酒をおりまぜて注文した。アルコールの吸収を妨げない脂肪分の少ない料理を選んでチョットずつ深みに導くようにした。
2時間もするとさすがの俊介もかなり酔いがまわってきたようだ。会社帰りのサラリーマンやOLで店内が賑やかになった頃合いを見計らって冴子は言った。
「俊介君の熱意は十分わかったわ。俊介君に相談したい大事なプロジェクトの話があるの。もう少し静かな店に行きましょう」
仕事に熱意のない俊介といえども特別なプロジェクトに参画することは将来に大きく影響することくらい十分承知しているだろう。俊介は若干酔いがまわって緩みがちになる顔を引き締めてついてきた。