君とサヨナラする日1-1
静寂の中で芽衣子の携帯が鳴る。
3秒ほどの短い着信音は俺にも馴染みのメール着信音だ。
それを見た彼女は、寝そべった状態から身体を起こし、洗面所へと移動した。
そして、備え付けの大きな鏡を見て身だしなみを整えて、ストロー素材のクラッチバッグを手に持つと、玄関に置いていた少しヒールの高いサンダルに足を通した。
あとはここを出るだけの状態になった芽衣子は、おもむろに部屋の方をクルリと振り返った。
彼女の視線の先にあるのは、がらんどうになった俺達の部屋。
芽衣子は目を細めて、懐かしそうな顔でそれをしばし見つめてから、
「6年間ありがとね」
と、この部屋に向かって深々と頭を下げた。
8月23日の今日、俺が成仏する日に、芽衣子は俺と過ごしたこのアパートから出て行き、久留米と共に未来へと踏み出す。
何も物がないせいか、この部屋に別れを告げる彼女の声がやけに響いた。
ちょうど俺はキッチンに立っていたから、まるで芽衣子が俺に別れを告げて部屋を出て行くようにも思える。
二人の思い出がたくさん詰まったこの部屋は、何も残らないただの空き部屋になってしまった。
何もない部屋なのに、たくさんの思い出が一気に俺の頭の中になだれ込んでくる。
これが走馬灯って奴なのかなと思いながら、俺はそっと目を閉じた。