君とサヨナラする日1-16
奴は眉を寄せたまま車のキーをまわし、無言でギアをドライブに入れ、車を発進させた。
そしてファミレスの駐車場から道路に出る時に、奴は小さな声で、
「少しだけだぞ」
と言い、奴のアパートとは反対方向へとハンドルを切った。
その言葉に芽衣子は静かに微笑んで、
「ありがとう」
と丁寧に頭を下げた。
いつもの芽衣子の明るい口調ではなく、少し落ち着いた感じの口ぶりになんだか不気味なものを感じた俺は、少し背中が寒くなった。
だがそれも束の間、すぐさま芽衣子はいつもの笑顔を久留米に向けると、
「久留米くん、あたしがナビしてあげるからね」
と、久留米の左腕をポンポン叩いていた。
いつもの調子に戻った芽衣子に対し、久留米の顔は最後まで晴れなかった。
おそらく海と言っても海水浴場のようにのどかな場所なんかではないだろう。
芽衣子が見せたさっきの真剣な顔で、この車がどこに向かうのかは容易く予想がついた。
車は郊外を走り抜け、右手の向こうには山、左手には太平洋という寂れた狭い国道をしばらく進んでいた。
この辺りになると、街の賑わいはすっかり消え失せ、ポツポツと集まった民家と、広大な田畑があるだけだ。
国道のすぐ横を線路が通っていて、今まさに車と一緒に併走している路面電車がのどかさをアピールしていたけど、車内はどことなく張り詰めた空気で押しつぶされそうで、そんなアピールは何の役にも立たなかった。
そんな中で、無理に明るく振る舞っていた芽衣子のナビによって到着した先は、やはりI岬だった。
地元の人間もあまり近寄らない、自殺の名所。
俺と芽衣子が飛び込んで、俺だけが死んでしまった後悔しか残らない場所。
車はその断崖から少し離れた松林の脇に停められた。
芽衣子は軽やかな足取りで、断崖へと走って行き、久留米はそんな彼女を小走りで追いかけた。
芽衣子は断崖まであと数メートルという所で立ち止まり、久留米は芽衣子から10数メートルほど離れた所に身を置いた。
ジリジリと照りつける太陽に、久留米は手の甲で額の汗を拭う。
俺もさっきから汗をかいているが、俺の場合は決して暑いから自然と噴き出してくる汗ではなく、不安な時に背中や脇にジットリまとわりついてくる不快な汗であった。