(前編)-3
一週間前のことだった…。
月に一度だけ私はこの老人ホームから都心にある病院に出かける。その病院の近くの公園を
私が散歩していたときのことだった。
秋風がゆるやかに吹いてくる黄昏の公園で、あの女はベンチでぼんやりと思いに耽っていた。
四十歳半ば頃の女は、肩にわずかにかかる艶々とした髪をしていて、愛くるしいほどの顔に、
どこかうっとりするような潤みを含んだ瞳をしていた。
そして、私は初めて会った女というのに、なぜか彼女に深く魅了されたのだった。その理由は
わかっていた。その女は、若いころの妻と瓜二つと言えるほどよく似ていたのだ。
女の傍に咲き広がる曼珠沙華の花が、私の遠い記憶を女の中に誘い込むようにゆらいでいた。
私は彼女を見た瞬間から、愛おしい追憶で胸奥をひたひたと充たされたのだった。
女はバッグの中から取り出した煙草を薄い唇に咥える。そういえばあの頃の妻も、気分が落ち
着かないと言っては、一日に数本の煙草を吸うことがあった。
白いブラウスと淡い花柄模様の水色のスカートを着たその女は、ゆったりとした胸のふくらみ
を抱き、しなやかに括れた腰つきをしていた。女は私に気がつくことなく、ベンチですらりと
した脚を組み、物憂く空を見つめながら細い指で挟んだ煙草を吸っていた。
向かいのベンチに座った私は、自分でも恥ずかしいくらい、じっと女の姿に視線を這わせてい
た。淡く彩られた黄昏の光の中で、その女の薄い唇から洩れる甘いため息だけが、ふと聞こえ
てきそうな気がした。
そのとき、ふと彼女の肌に触れてみたいと思ったことが、私にとってはあまりに自然な欲情の
ように思えてくる。生きていた頃の妻とからだを重ねたときでさえ互いの性の深い翳りに触れ
たことがなかったような気がするのに、目の前の女の乳首や性器が、ゆらゆらとした幻影のよ
うに私のからだの中に浮遊し始めたとき、私はその女を強く意識したのだった。
私は、四十五歳のときに五歳年下の妻と結婚した。その一年後、私は不慮の事故によって障害
をもち、男性器の機能が失われた。性欲も疼きもあるのに、いつまでも萎えたままの私のペニ
スは妻との性交を絶たれたのだった。
そして、しだいに私という男の性の疼きさえもどこかに遠く追いやられ、性を充たされない
苛立つ妻のため息だけがいつも私を包んでいた。
結婚して五年後、不治の病に侵された妻は亡くなった。いや…妻は病気で死んだのか、私が殺
したのか今でもよくわからなかった。私が、気がついたとき、目の前にはすでに息が途絶え、
首元には、絞めた痕のような赤い筋がうっすらと浮かんだ妻の姿があった。そして茫然とした
私の耳には、死んだ妻の嗚咽だけが耳鳴りのようにずっと聞こえていた。
あのとき、妻の首を絞めて殺したのはおそらく私だったのかもしれない。妻はすでにぐったり
と息絶え、息をしていないというのにどこまでも穏やかな死顔を見せていた。