君のいない所で-1
あれからしばらくして、久留米はオヤジの長ったらしい説教からようやく解放された。
オヤジの後ろ姿が見えなくなってから、久留米は無言で下唇を突き出して芽衣子を睨んだが、彼女は奴の怒られっぷりがツボにはまったらしく、未だに笑い続けている。
不機嫌そうな久留米は、始めこそそうやって恨めしそうに芽衣子を見ていたが、あまりにも楽しそうに笑う彼女の顔を見ていたら、次第に呆れながら自分も笑い出し、
「サッサと後片付けして帰るぞ」
と、芽衣子の頭をポンと叩いてから、散らかった花火の残骸を拾い集めた。
「うん!」
芽衣子も嬉しそうに返事をすると、一緒になってゴミを集めていった。
楽しそうに談笑しながらゴミを集める二人。
もちろん話題はさっきのオヤジの話で持ちきりだった。
久留米は、怒られながらもオヤジの鼻毛が出ていたのが気になって仕方なかったと言い、芽衣子はオヤジのステテコが破れていてパンツが見えたとか言って、お互い顔を見合わせて大笑いしていた。
そんな和やかな雰囲気でゴミ拾いもあっという間に終わった。
やがて辺りが綺麗になったのを確認すると久留米は、ゴミが入ったレジ袋と、通勤用のカバンを右手に持ち、
「帰るか」
と、少し照れたように笑いかけてから、空いた左手で芽衣子の手をひいた。
芽衣子は突然繋がれた手に少し驚いていたが、耳まで赤くなっている久留米の顔を見上げると、目を細めて優しく微笑み、繋いだ手にさらに指を絡ませ頷いた。
芽衣子は、手を繋いで歩くのが好きだったもんな。
最近は手を繋ぐなんてことはほとんどしなかった。
そんな俺達が久しぶりに手を繋いだのは、俺達が断崖から飛び降りたあの日である。
どうせ最後になるんだからと、あの日だけはずっと繋いだ手を離さなかった。
芽衣子は、珍しく俺が手を繋いできたことに驚いていたけど、すごく嬉しそうな顔をしていたっけ。
あの後、俺がどうするつもりか知らないままで。
河川敷をあとにする芽衣子と久留米は黙り込んだままだったが、しっかりと繋がれた手が羨ましくてならなかった。
自分で未来を捨てたくせに、俺だけ置いてけぼりをくらったような気持ちになる。
俺の手の中にすっぽり隠れる芽衣子の小さな手の感触が、やけに鮮明に思い出され、下唇を噛み締めながら思わず左手をグッと握りしめた。