すてられ-1
夜が明ける。あたりは静かだ。コーヒーメーカーのコポコポという音だけだ。
ベッドに寝るひとりの男。腕にはなにもない。
バタン。 そうドアが言ってコーヒーメーカーのコポコポという音を遮った。
太陽が当たる道ですり減る靴。
もうすぐ始発から一本遅れた電車がくる。周りにちらほら黒や灰色の塊が渦巻き始める。それでもまだ残る腕の感触。彼の愛撫の全て。この世界には存在しない、あっちの世界に一瞬とべる感覚。もうすぐくる。私は戻される。元の世界。目の前の自動扉が開いて、今戻る。
いつものバイト先のコンビニ。2つ年上の聡子姉さん。いつものあかるい挨拶で、いつもの五分遅れの私を迎える。
「灯ちゃん、遅いぞ、たまには早く起きなさい」
お母さんみたい。優しい声で笑いながら私に注意する。
「低血圧なんですよ」
嘘をつく。何時間か前まで、交わっていたんだ。
けだるい仕事。いつもの学生やサラリーマンの相手。たまにくる近所のおばあちゃんとの会話。全て『いらっしゃいませ!こんにちは』『ありがとうごさいました!またどうぞ』という始まりと終わりがある。まわりとは違う、休みない24時間の空間は案外落ち着いたりする。
けだるい毎日。落ち着く場所。まわりない空間。代わり映えしない店内。それでも必要だったりする。
私は毎日こんなところで生きている。