に乃花-1
部屋の天井が見える。街の喧騒が聞こえる。それに、携帯電話の着信メロディーが聴こえる。
私はまだ何もしない。
夢を見ていたはずなのに、何一つ思い出せない。
下半身に湿り気がある。やっぱり恥ずかしい夢を見ていたのだ。
膣内に感じる、夢のつづき。
何がしかのアクションを起こさなければいけないと思った。
枕元で鳴りつづける携帯電話に手を伸ばし、とりあえず出てみる。
「もしもし?」
「おはよう、あたし、愛紗美」
まだ朝の七時だというのに、やたらとハイテンションな声が返ってきた。
「どこの愛紗美かしら?」
「国民的美少女の愛紗美に決まってるじゃん。とぼけちゃってるんだから」
「それで、その愛紗美ちゃんがこんな朝早くから何の用?」
「今ね、うちの高校でけっこう流行ってるんだよね」
「ソーシャルゲームみたいなやつ?」
「ううん、インフルエンザ」
ああ、そっちね、と私はため息をついた。
「学年閉鎖になっちゃったから、あたし、暇してるんだ」
「大人は忙しいの」
「奈保子さん、今起きたばっかりでしょう?あたしが起こさなかったら今頃……」
遅刻だと言いたいのだろう。その通りなので私は何も言い返せない。
「今日はほんとうに仕事だから」
「それじゃあ、おもしろいこと教えてあげる」
「間に合ってるから」
「あたしの夢の中に奈保子さんが出てきたんだ」
私は携帯電話を持ち替えた。
「大きな病院で、奈保子さんが不妊治療してた。でも、あれはたぶん治療なんかじゃなくて、レイプされてるみたいだった。あたしも研修生としてそこに立ち会ったんだけど、あんな卑怯な場面を見せられて、何を学べっていうんだか」
聞き流すことができない話だった。
彼女の夢と自分の夢がつながっているような、不思議な感覚だった。
「それで、私はどうなったの?」
「つづきは会ってから話してあげる」
そうくると思った──。
「わかった。だけど仕事は休めないから、またあとで連絡する」
ありがとう、と電話口で喜ぶ彼女の声は、無邪気にはずんでいた。