に乃花-7
「いざとなったら警察に相談するから」
「ほんとうに知らないんだな?」
「うん。会ったら会ったで、何の用があるのか問い詰めてやるから」
「相変わらずだな」
「あたりまえよ」
不意に懐かしい笑みがこぼれそうになって、お腹がくすぐったくなった。
「元気そうで安心したよ」
「あなたもね」
じゃあ、と言って振り返る彼はどこか名残惜しそうで、積もる話の半分も言い切れていないのだと、その背中が語っていた。
***
***
車は順調に目的地へと向かっていた。
ナビゲーションの音声に従い、見慣れない景色が目に入るようになってくると、辺境の地にでも旅に出てきたような錯覚が胸に迫ってくる。
開放的で風光明媚な県道がつづく。
おなじ背丈の立ち木のあいだをいくつも通り過ぎ、木陰が拓けた先に大きな空が見えた。
日光を遮るものは何もない。
峠から見下ろすその町は、和製アニメーションのワンシーンをそのまま切り取ったような情緒と、西洋の世界遺産を思わせる風情を私に見せていた。
目的地までの距離をナビゲーションが告げる。
あれがそうね──。
赤レンガの外壁は町の景観に溶け込みながらも、自分はとくべつな存在なのだと、聖域の鎧で弱者をまもっているようにも見える。
車を降りて、緊急搬入口のあたりから建物を見上げたとき、何度目かのデジャビュに遭遇した。
やっぱりどこかで、この角度から、四つ葉のクローバーのシンボルマークを私は見ている。
そして私はそれを赤十字と見間違えていたのだ。
さっきからずっと子宮が疼いているのも、この病院と私が過去に何らかの関係を持っていたからだろう。
正面玄関から自動ドアをくぐって中に踏み込んだ途端、私を迎えてくれたのは、たくさんの好奇の目だった。
めずらしいものでも見るような目つきでもあり、うっとり見惚れて心ここに在らずといった様子でもある。
あらためて自分の身なりを確かめてみる。
着衣が汚れていたり、下着が見えていることもなさそうだ。
それでも彼らは私の動作に合わせて、ほとんど目だけで追ってくる。
総合受付で手続きを済ませたあとも、私の全身には彼らの視線がびっしりとつきまとっていた。
この日の私の服装はというと、上はしっかりしたスプリングコートに、下はデニムのショートパンツといったスタイルだ。
確かに病院にいれば浮いてしまう恰好だけど、自分的には年相応の組み合わせにしたつもりでいる。