に乃花-3
「あなたはそれでいいの?」
私はつい熱っぽく彼女の肩をつかんでいた。
「何が?」
「あなたのしたことが、どれだけ汚らわしい行為なのか、わかっているのかって訊いてんの!」
少女の頬がしだいに紅潮していく。
鼻の穴がひくひくとふくらんで、今にも感情が溢れそうになるのを必死にこらえている。
「だって……」
涙目が黒く潤んでいる。
「パパがかわいそうだったんだもん。あたしだって、したくてしたわけじゃないんだから、それくらいわかってよ。ずっと誰にも言えないで、一人で悩んでたあたしの気持ち、少しはわかってよ……」
胸に突き刺さる告白だった。軽々しく同情するのも躊躇(ためら)われた。
さっきまで晴天だと思っていた空が、その数分後にははげしい雨に変わってしまう。
そんなふうに思春期の乙女心は人間環境に左右されやすく、彼女の場合、人生そのものを大きく左右させる出来事だったに違いない。
やさしい言葉さえもかけてあげられない私の制止を振り切って、彼女は黒髪に向かい風をまとわせながら走り去った。
きれいごとが脳裏をよぎったけれど、少女はもうそこにはいなかった。
私はとうとう、愛紗美から夢の話のつづきを聞けないまま、後ろ髪を引かれる思いで勤務先へと向かった。
店に着くと、店長の名見静香がちょうど鉢植えのチューリップを手に、店先にレイアウトしているところだった。
「おはようございます」
「小村さん、おはよう。電車での通勤は大変でしょう?」
「いいえ、どうってことありません。それに、今日には車の点検も終わるはずなので」
「それならよかったわね」
「あと、ホームレスの人のことですけど」
「会えました?」
「それが、まだなんです。またここへ来るんでしょうか」
「どうかしら。普通のお客さんならありがたいんだけれど、来られても困るわね」
その人物の風貌の悪さが彼女の表情から推測できる。
そういえば、と店長が言う。
「その人、独り言みたいなことをしゃべっていたの」
「どんなことですか?」
いちばん美しい花があると聞いてここまで来たが、どうやら嘘ではなさそうだ。姿はなくとも匂いでわかる。
しかし、土壌はよく肥えているのに、肝心の種子が見当たらないというのは、持ち腐れとしか言いようがない。もったいないことだ──。
そう言っていたらしい。
「どういう意味なんでしょうか」
「お店にクレームを言っているわけでもなさそうだし、だけどやっぱり歓迎できないわね」
営業に支障が生じるといけないということで、この話題はさっさと切り上げることにした。