に乃花-11
診察が終わってみれば、良い意味で期待外れというのか、これっぽっちというのか、怖れていた事態は起きなかった。
それもそうだろう。
善意と良識を重んじる医学界のトップクラスに君臨する、老若男女の何人(なんぴと)も拒まない医療組織のにんげんなのだから。
「検査結果が出るまで、しばらくお待ちください」
「はい」
看護師の佐倉麻衣の立ち居振る舞いに、気後れしてしまう自分がいる。
適材適所ともいうべき彼女の存在感。
そばにいるだけで癒されるし、妊婦とは思えないその立ち姿は、まさしく奇跡の人だと思う。
そんな彼女と私は、おそらく夢の中ですでに会っている。
そして泉水陽真という医師とも、おなじ夢の中で出会っている。
なんということだろう。こんな場所で、こんなタイミングで、淫らな夢の正体を私は思い出した。
あと少しですべてを思い出せそうなのだ。
検査結果を待つあいだに、これからどうするべきかを考えなければならない。
たかが夢。されど夢。
あんなにリアルな夢を見せられて、これが偶然だというのもなんだかおかしい。
いろんな人物との接点が絡み合って、不妊に悩む一人の女性にあらゆる手を尽くし、合理か不合理かを患者自身に問う。
その不妊患者こそが、ほかでもない私なのだ。
ふと、待合室の掲示板に視線を向けてみた。
几帳面に掲示された一つを見た瞬間、私は頭痛のような衝撃をおぼえた。
『最新のアプリケーションで女性の悩みを解消する不妊治療装置、Hercules(ヘラクレス)』
その名前をきっかけに、私は淫夢のすべてを思い出した。
臨月、
看護師の佐倉麻衣との出会い、
想像妊娠、
医師の泉水陽真への疑念、
望まない絶頂、
第二の治療、
女子高生の愛紗美の介入、
正体不明のホームレスの気配。
一気に押し寄せてくる夢と現実の記憶に呑み込まれて、私の脳がエクスタシーを感じはじめる。
いけない、いけない、いけない。私はきっと騙されている。
この婦人科検診にしても、穏やかに済んだと見せかけて、じつは裏があるに決まってる。はやく帰らなきゃ──。
「小村奈保子さん」
不意に名前を呼ばれて、生唾が喉につっかえそうになる。
「検査結果が出ましたので、どうぞこちらへ」
佐倉麻衣だった。
彼女よりも二、三歩後ろを歩いて、泉水医師の待つ診察室へとふたたび向かう。
どんな診断が下されるのか、大体の予想はついている。