は乃花-17
右脳と左脳とが、おかしな情報処理をしている。
バイパスを交流しながら、記憶と記憶がつながろうとしていた。
ホームレスらしき人物が私に面会したいのだと、いつか誰かが言っていたような気がする。
しかも私の自宅マンションにやって来た人物がいて、そこにも不穏な気配を感じる。
女子高生の愛紗美。私は彼女を痴漢から救った覚えがある。
彼女とホームレス。どちらも記憶は薄いけれど、どちらも見過ごすことはできない。
「佐倉さんはどうしてその人のことを知っているんですか?まさか、同業者?」
「そんなところです」
多くは語りたくない、そんな様子だった。
「小村さんがさっき言いかけたことは何だったんですか?」
記憶を巻き戻して私はこう尋ねた。
「アサミ、という名前に聞き覚えはありますか?」
「どうでしょう」
「私が治療を受けていたあの場に、愛紗美という、私の知っている女子高生がいたような気がするんです」
「確かに研修生の女の子はいましたけど、私にはわからないです。すみません」
「いいえ、私の見間違いだったのかもしれません」
と言いつつ、私には確信があった。彼女は間違いなく愛紗美だった。
こんがらがった記憶の断片を整理しなければ、ここから先には進めないような気がした。
それこそ臨月を迎えるもっと前の時間までさかのぼって、スキップされた空白の時間を埋める作業が必要なのだ。
夢とも現実とも言えない、造られた空間に閉じ込められたアバターとして、私は今ここにいる、そう思った。
「そういえば、小村さんの恋人の篤史さんのことですけど」
「彼がなにか?」
「あなたが不妊治療に踏み切れたのは、彼の勧めがあったからじゃありませんか?」
「どうしてそれを……」
「私からは何も申し上げられません。いつかきっと、ほんとうのことを彼の口から聞けると思います」
「彼のことを知っているんですね?」
「よく知っています」
なぜなら、と佐倉麻衣が言いかけたとき、病室のドアの向こうから携帯電話の着信音が聴こえた。
私たちは動作をシンクロさせて、ドアの外の気配に視線を注ぐ。
ドアが開き、くびれのあるシルエットが見えた。
「やっぱり、あなたは……」
私はつぶやきを漏らした。