は乃花-16
「それではですね──」
主治医の彼が、何かの資料を見せてきた。
「上層部にはまだ認可されていませんが、試作段階のこの婦人科医療装置『ヘラクレス』を使って、いくつかのアプリを組み合わせながら治療していきます」
それは夕べ私が嫌というほどその威力を思い知らされた、人工的な快感を生み出す装置。
男性器型の挿入部を膣内に挿し込み、端末側からアプリケーションを読み込んで操作するだけで、不快な痛みや痒みを感じることなく治療ができてしまう──そんなふうに説明書きがされている。
「一つだけ言い忘れていました」
私の肩にバスタオルをかけて、彼は説明をつづける。
「今回、我々の医学研究に協力していただいている小村さんには、しかるべきところから多額の給付金が支給されることになっています」
「いいえ、そんな、私はお金なんていりません。ちゃんと妊娠できて、無事に出産を迎えて、普通の母親らしい生活ができれば、私はそれでいいんです」
「そうかもしれませんね」
「新しい治療法にも前向きな気持ちになってきたので、大丈夫だと思います」
「ホルモンバランスが良い状態だと、女性は誰しも生き生きとかがやいて見えるものです。たとえば恋愛や仕事に対して、意欲が湧くことがありますよね?」
「はい」
「植物が花を咲かせるときに出すフェロモンに似たものを、そういう女性の体からも分泌されていると聞きます。僕があなたに興味を抱いてしまうのも、おそらくそのせいでしょう」
医師に真正面から見つめられて、私は動揺を隠せなかった。
シャワーを浴びるために分娩台から降りると、看護師の佐倉麻衣に付き添われて浴室へ向かう。
あれだけ体力を消耗したというのに、躍動している肌は熱が冷めずにいた。
全身を洗い流してパジャマに着替えた私は、病室のベッドのやたらと硬い布団に腰掛けているところだ。
隣にはナイチンゲールがいる。
「──以上が明日からのメニューになります。何か質問はありますか?」
「あのう、佐倉さんは何歳なんですか?」
にこやかに頬をほころばせる彼女。
「もう三十三です。若作りしてごまかさないと、外だって歩けません」
「そんなことないですよ。妊娠してなかったら、男の人が放っておかないと思います」
「だといいんですけど」
私は思い出したことがあった。
それを彼女に確かめてみようとしたとき、彼女が先にしゃべりだした。
「小村さん、誰かがあなたを訪ねてくると思いますけど、その人には会わないでください、絶対に」
「誰かって、誰ですか?」
「それは……」
意味深に口ごもる看護師。
「ホームレス、としか言えません」
ホームレス──。
嫌な感覚が頭をかすめていった。