ろ乃花-7
「うちに来る?」
私が言うと、彼女は瞬きをくり返した。
どこかほわんとしたその表情に、危うくキスをしたくなる私。
「そのままだと下着が気持ち悪いでしょう。私のところで着替えたほうがいいと思う」
「でも、それじゃあ、お姉さんが……」
「私の名前は奈保子。仕事に行く途中だったけど、あなたを見ていたら、帰したくなくなってきちゃった」
「ひょっとして、レズ?」
「冗談よ。とりあえずジュースだけでも飲んだら?」
ようやく打ち解けてきた彼女の表情が、みるみるうちに笑顔になった。
駅前でタクシーを拾い、自宅マンションのある地名を運転手に告げた。
電車で移動しようとすれば、彼女がまたさっきの体験を思い出すかもしれないと思ったからだ。
車内の沈黙を紛れさせるために、私は窓越しの町並みを眺めていた。
「あのう、奈保子さん、でしたっけ……」
私は外を見たまま、ええ、と返事をした。
「ありがとう、さっきのこと……」
たどたどしいタメ口の彼女。
私がそちらを向くと、今度は彼女が窓側を向いてしまう。
素直なようで素直じゃない、なかなか取り扱いのむずかしい子だなと思った。
「あなた、名前は?」
「それって、言わなきゃいけない?」
「大きな貸しがあると思うんだけど」
「借りた覚えないし」
「それじゃあ、ここでタクシーを降りて、そのまま一人で帰る?」
返事の代わりに、むすっとする彼女。
「次は助けてあげられないから」
突き放して様子を見る。
「アサミ……」
語尾をつんつんさせながらも、どうにか心を開いてくれたようだ。
「アサミちゃんは高校生だよね?」
「高三」
そう言ってスクールバッグから生徒手帳を取り出して、私に見せる。
漢字で書くと『愛紗美』となっている。
「学校とか家の人に電話しなくていいの?」
「そんなの無理。痴漢されたなんて言えなくない?」
「私が痴漢に遭ったことにしてあるんだから、あなたが私を助けたんだって説明すればいいと思うけど」
「誰も信用してくれないよ」
そんな私たちの会話が気に障ったのか、初老のタクシードライバーは、第三者の存在を知らせる咳払いをした。