ろ乃花-6
私は大きく息を吸い込んだ。
「この人、痴漢です!誰か捕まえて!」
きわまった絶叫がホームのはじにまで響き渡る。
居合わせた全員がぞろぞろとこちらを向いて、怪訝な目で彼を追い詰める。
そして人垣の中から駅員が飛び抜けたかと思うと、あっという間に痴漢男を揉み倒してしまった。
事の一部始終を見守っていた女子高生は膝を小刻みに揺すり、彼らに汚された部分を隠すように背中をまるめた。
計り知れないほどの恐怖と後遺症が、少女の小さな背中に重たくのしかかっていくことだろう。
私の気持ちは同情の域から出られないでいた。
***
***
「飲まないの?」
駅近くのファストフード店で、私は彼女にドリンクを勧めた。
「どうして……」
幼くみずみずしい唇が、ふわっと動く。
「どうしてあんな余計なことをしたの?他人なのに」
少女の強気な口調に、私の眉間に皺が寄る。
「余計な?他人?」
「助けて欲しいなんて、あたしは頼んでないから」
まんまるい瞳を鉱石みたいにキラキラさせているくせに、憎まれ口は減りそうにない。
私は善人を通した。
「他人事には思えなかったから、私はどうしてもあなたを助けたかったの。ほんとうはね、私も怖かったんだ。次は自分が狙われるんじゃないかってね。だけど良かった、あなたに怪我がなくて」
満点はもらえないにしても、私の思いは彼女のどのあたりにまで響いてくれるだろう。
しかしそれは、やや響きすぎたようだ。
いいや、私の言葉に反応したのではなく、彼女の中で緊張の糸が切れたのかもしれない。
少女は声を漏らして泣き出した。
涙は頬に染みることなく輪郭をつたって、私はその様子を愛おしい目で見つめる。
今すぐにでもぎゅっと抱き寄せて、すべての犯罪から彼女をまもってあげたいと思った。
さっきの痴漢退治の一件で、私は彼女の身代わりになったのだった。
女子高生のスカート内を盗撮していた男性を駅員に引き渡したとき、被害に遭ったのは自分だと私は名乗った。
携帯電話に保存されていた画像には、スカートの柄までは写っていなかったし、撮られていた女性器が自分のものであることを強調しておいた。
ほかにも痴漢行為をしていた人物がいたけれど、顔までは覚えていないと私が言うと、
「お気の毒に」
駅員の男性は言葉を濁していた。
そんなふうに彼女の体裁だけは何とかまもることができたので、あのあと彼がどうなったのかは、まるで興味がない。