ろ乃花-14
「ここでいい、ありがとう」
住宅街から少し外れたバス停付近に車を寄せると、彼女は早口にそう言った。
「通学の電車は、時間をずらしたほうがいいからね」
「そんなのわかってる」
相変わらずのかるい調子だ。
「だけど、今日は奈保子さんにいろいろ迷惑かけちゃった。エッチな下着までもらったし」
「エッチな、は余計でしょう」
少女の照れ笑いが、私にも感染する。
「奈保子さんのおかげで、今日は楽しかった」
「それは偶然ね。私も、すごおく楽しかった」
皮肉ったつもりだ。
しかし、人の話を聞いているのかいないのか、彼女はさっさと車から降りて、見栄えのいいルックスを私に向けた。
一度だけクラクションを鳴らして、手を振る女子高生をバックミラー越しに見送った。
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今朝の遅れを取り戻すつもりでさくさくと仕事をこなし、気づけばペース配分もそっちのけで、夕方には一日分の労力を使い果たしていた。
脚のむくみに悩まされながら帰途に着く三十路女。ついでにバツイチ。
帰る場所は家庭ではなく、ただの家なのだ。
「ただいま」
誰に言うでもなく、玄関でぽつりとつぶやく。
「おかえり」
背後で誰かの声が聞こえたような気がした。
耳に焦げつくような男の声。
まさか、ずっとあとをつけられていたのだろうか。
はっとして振り返った瞬間、疲労のピークに達していた私は、強烈な眠気の中へと意識を連れて行かれるのだった。