『ITUKI』-15
「そうか。お前、ちっとも家から出てこないって聞いたから心配したよ」
「ごめん。外に出るような気分じゃなかったんだ。」そういえば、最近はあまり大学にも顔を出してなかった。
とにかく、何をやるにも憂鬱だったのだ。
しばらく舗装の悪い道路に揺られていると右手に見慣れた建物が広がっていた。「着いたぜ」
玄関の前に車を停めると畠山が言った。
僕達は並んで院内に入ると真っすぐに二条さんのいる病室へと向かった。
僕の足取りはかなり重かったが、いまさら引くわけにもいかない。
だからこれで、最後にしようと思った。
元気になった彼女を一目見ることができたら、僕の初恋は終わるはずだ。
病室の前には割りとたくさんの人がいて、その中に見知った顔もいくつかあった。
やはりかつてのクラスメイトが詰め掛けていた。
当然といえば当然だが若干、前より人数が増えている気がした。
「オッス、連れてきたぜ」畠山の声にその中の何人かが振り向いた。
見舞いに行った時に会った人たちだった。
「おせーぞ、二人とも」
「しょうがねえだろ。大城が渋って中々来なかったんだから」
「ね、そんなことより早く入りましょうよ」
彼らは口々に僕らを取り囲んでいった。
急に、というより彼等の反応があまりにも意外だったので僕は驚いて何も言えなかった。
これはどうしたことだろう、と訝しんでいると友人の一人が僕の手を取って部屋のなかに招き入れた。
二条さんの親友の志水さんだった。
「入って、伊月が待ってるわ」
皆に続いて僕も中に入っていく。
そこに、二条伊月がいた。肩までのびた栗色の髪、折れそうな細い手足、黒目がちの猫みたいな目を大きく見開いて、僕を見ていた。起きている彼女と顔を合わせたのは卒業式以来、一年ぶりのことだった。
それでもなぜか、懐かしい感情は湧かなかった。
「あなた、大城くん・・・?」
おずおずと確かめるような仕草だった。僕はこくんと頷いてみせた。
「もしかして、見舞いに来てくれたの?」
「大城くんはね、伊月が事故ったって聞いてから何回も来てくれたのよ」
横から志水さんがそう付け加えてくれた。
二条さんは驚いたように僕を見た。 黒目がちの目が何度か瞬いた。
できるだけ表情を変えずに、僕は言った。
「退院おめでとう。よかったね、元気になって」
「うん。ありがとう」
「それだけ言いにきたんだ。だから今日は帰るよ」
最後に少しだけ笑って、僕は病室を出ようとした。
周りにいた何人かが引き止めようと何か言った。
よく聞き取れずに僕は曖昧な返事をした。
その中で二条さんの声だけがやたらはっきりと聞こえてきた。
「もう行っちゃうの・・・?」
僕は振り返らなかった。逃げるように病室を出た。
これ以上、二条さんの顔を見ていたくなかった。
思い出してしまうのがどうしようようもなく辛くて、切なかった。
浮かんでは消えない痛みを振り切るように強く首を振った。
病院の出口から中庭に出ると、桜の木が二、三本大きく取り囲んで立っていた。まだ満開の桜は春の訪れを予感して喜んでいるように見えた。
僕には何の意味もないくらい、鮮やかな花だった。
「待って!!」
聞き慣れた声が背後に響いた。 振り向くと二条さんが息を切らせながら駆けてきた。僕は一瞬、ダブって見えた誰かの影を急いで引き離した。
「待って、大城君」
すぐそばまで彼女が近づいてきた。あわてて飛び出してきたのかパジャマ姿に裸足という格好だった。 立ち止まって息を整えると彼女は言った。
「あなたに話があるの」
「悪いけど急いでるんだ」僕は追い掛けてきた二条さんに向かって冷たく言い放った。
彼女は動じずにじっと僕を見据えた。