追憶タイム 後編-7
「でさ、結局先輩、あたしのことずっと『ミカさん』って呼んでたんだよ」
帰りの新幹線の中で、ミカは隣に座ったケンジに言った。
ケンジは『三色そぼろ弁当』を食べ終わって蓋を元通りに被せたところだった。
「大したもんだな。決して一線を踏み越えない、っていう意志の表れじゃないか」
「だよねー」
ミカも最後のご飯を口に入れ、弁当に蓋をした。
「熱くなっても冷静さを失わない、っていうところだな。今時珍しいよな」
「ま、高校時代もそんな感じだったけどね、先輩」
「そうなのか?」
「うん」食べ終わった弁当をケンジの持っていたものと一緒に袋に戻して、ミカは窓際に置いていたビールの缶を手に取った。「控えめ、っていうか、もどかしいぐらいに慎重な人だったよ」
「へえ」
「そうそう、」ミカが飲みかけたビールの缶から急に口を離した。「やっぱり先輩って、あのアパート借りてるんだって」
「やっぱりそうだったか。大当たりだな」ケンジは笑った。
「でね、先輩、夏ぐらいに、ショップの店長に、あたしの情報が入ったら教えてくれるように頼んでたんだって」
「へえ。でも君が昨日店長に会った時、そのこと聞いたんじゃないのか? 拓郎先輩のことも」
「店長はその時、あたしの連絡先を聞きたがっている学校の先輩っていう人がいる、としか言ってくれなくてさ。あたし、その時は大学の先輩のことかって思ったんだ。同窓会の連絡か何かがあるんじゃないかって」
「なるほどな」
「でも先輩が言ってたんだけど、店長はね、拓郎先輩には、もしそういう情報をもらったとしても、そんな個人的なことを教えることはできない、って最初は断ってたらしい。それでも先輩、名刺を渡して、勤めてる会社も明らかにして、住んでるアパートも知らせて頼み込んだんだってよ」
「すごい執念だな」
「だよね。で、店長はしぶしぶそれを了承したわけだけど、それより先に、彼本人があたしたちを昨日見つけたってわけなんだよ」
「それって偶然なんだろ?」
「言ってみればね。ケンジが言った通り、アパートの窓からも通りの様子を窺ってたし、店にもよく足を運んでたらしいよ」
「やっぱりな。思った通り」ケンジはビールを一口飲んだ。
「だから先輩、あの店のお得意様になってたって」ミカは笑った。