追憶タイム 後編-5
「本当にごめんなさい、ミカさん」拓郎はミカの横に仰向けになって、顔をミカに向け、彼女の右手を両手で包み込んだまま、ひどく申し訳なさそうに瞬きをした。
「良美さん、って、奥様のお名前?」
「そ、そうです……」
「辛いことを思い出させてしまったんですね、あたし……」
拓郎は慌てて言った。「い、いえ、貴女のせいじゃありません」
「よかったら、話してください。奥様のこと」
しばらくの間ミカの目を見つめ返していた拓郎は、そっと目を閉じた後、ゆっくりと話し始めた。
「僕と同じ留学生としてシドニーに渡った良美は、昼間も言ったように貴女にとてもよく似た女性だったんです」
「はい……」ミカは拓郎を見た。
拓郎はそのまま続けた。
「貴女に辛い思いをさせた、という気持ちが、僕が良美に惹かれた大きな理由の一つだったような気がします。今思えば」
「先輩……」
「貴女の面影を強く持っていた良美を愛することで、貴女への罪滅ぼしをしていたような気がする」
「…………」ミカの目に涙が浮かんだ。
拓郎は目を開けてミカを見た。
ミカは慌てて目を拭った。
「でも、日本に残した貴女をその時、心から愛していたか、というと、それは違う気がする。愛していたのはやっぱり良美。良美本人だった」
「はい。わかります」
「今、貴女が僕のことを『拓郎さん』って呼んだ瞬間、僕は良美との最後の繋がり合いを思い出してしまった。貴女にはとっても失礼なことをしてしまいました」
「とんでもない。あたしこそ、そういう辛さを抱えている先輩をこんなところに誘ってしまって、ごめんなさい」
「でもね、」拓郎はミカに向き直り、枕に肘を突いて、頭を支えた。「貴女をまた抱かせていただくことができて、本当に良かったです」
「え?」
「実はね、僕は、貴女と現実にもう一度会うことができたら、こうして抱き合えたらいいな、って、下心を持っていたんです」
「ほんとに?」
「うん。だから、それをケンジさんに見透かされた気がして、喫茶店ではとっても動揺してしまいました」
ミカはくすっと笑った。「そうだったんですね」
「オトコって本当にいやらしい動物ですよね。でも、実際に貴女を抱かせてもらって、僕は、良美と本当の意味でのお別れができた気がします。それに貴女とも」
「拓郎さん……」
「もう、貴女にそんな風に呼ばれても、泣かない。なんだか、吹っ切れちゃいました」拓郎は今まで見せたことのなかったような明るい顔で笑った。
ミカは喫茶店でケンジが言った言葉を思い出していた。
『今度こそ、きっと本当の意味での最後の夜になるよ』
拓郎は身体を起こした。
「良かった、また貴女に会えて」
「あたしも、先輩にまた会えて、良かった。その上、こんな若くもない身体を癒していただいて、感謝しています」
「いやいや、貴女の身体はとっても魅力的でしたよ。あの時に比べたら、まるで別人のようだった」
「別人?」ミカは笑った。
「でも、思い出しました。貴女の吐息の熱さと甘い香り。それはあの夜と同じでした」
「えー? 本当ですか?」
「うん。間違いない。ずっと忘れていたけど、僕の身体がまだ覚えていた」拓郎は照れたように笑った。「下着、つけてください」
ミカはその言葉に従った。拓郎もコンドームを外し、脱いだ下着をはき直した。