追憶タイム 後編-2
ペールオレンジの壁の部屋だった。ダブルのベッドにはレモンがデザインされたカバーが掛けられていた。
「ミ、ミカさん、ほ、本当にいいんですか? こんなことして……」
ミカがネックレスを外しながら訊いた。「先輩はいやですか?」
「あまりにも急展開で……、ちょっと想定外……。あの、いやだったら、いつでも言ってくださいね。貴女に無理を強いるわけにはいきません」
ミカは、窓を背に立ちすくんでいる拓郎に身体を向けた。「そういうところ、先輩変わってないですね。気遣い上手というか、控えめというか」
「ケンジさん……ご主人って、」拓郎が冷蔵庫の前の椅子にちょこんと腰掛けた。「貴女のことを信用しきってらっしゃるんですね」
「あたしも彼の考えや気持ちを疑ったことはありません。今までいろいろありましたけど、それだけはずっと変わらない」
「素敵な関係ですね」
「にしても、ちょっと強引だったかな……、先輩をこんなところまで付き合わせちゃって……」
拓郎はミカを見上げて頬を赤らめた。「そ、そんなことはありません。僕は今、とっても嬉しくて、どきどきしています。いや、これは本当です」
「あたしを抱いてくださる?」
「もう身体はすっかりその気です」拓郎は笑った。「かなり後ろめたさはありますけど、実はもう引き返せない所まできています」
「嬉しい」
ミカはベッドの端に腰を下ろした。
「あたし、先輩に初めて抱かれた時、痛くて、苦しかったけど、貴男のことを思う気持ちが身体の中で爆発しちゃったんです」
「ご、ごめんなさい。初めての貴女にそんな苦しい思いをさせてしまって……」
「しかたないですよ。処女喪失って、そんなものでしょ?」ミカは微笑んだ。「でも、あたしは幸せだったと思います」
「どうして?」
「貴男がすごく優しく抱いてくれたから」
拓郎は申し訳なさそうにうつむき、上目遣いで言った。
「実を言うと、僕はあまりよく覚えていないんです。あの時のこと」
「そうなんですか?」
「はい。夢中で、何をやったのかは忘れてしまった。でも、貴女のことが愛しくて堪らなかった、という気持ちだけは今もはっきり覚えています」
「そう」ミカは顔を赤くしてうつむいた。
しばらくして顔を上げたミカは、拓郎の目を見つめた。
「先輩の目、あの時と同じです。貴男が今まで変わらずにそんな目をしていたこと、なんだかとっても嬉しくてほっとします」
拓郎は立ち上がり、ミカに近づいた。
「僕はあの時の気持ちを、もう一度思い出したい。もう一度だけでいい」
ミカも立ち上がった。
「あたしはもう、思い出してる。貴男への気持ち……」
拓郎はミカの頬を両手で包み込み、そっと唇を重ねた。ミカは目を閉じた。
シャワーを済ませた拓郎がベッドに戻った時、ミカは首までケットをかぶって赤くなっていた。
「ミカさん……」
バスローブを着た拓郎は、そんなミカを見下ろした。「はにかみ屋なんですね、ミカさんって。あの時と同じ」
「先輩も来て」
「うん」
拓郎はローブを脱ぎ、下着姿で一つのケットに潜り込み、ミカの隣に身体を横たえた。
「実はね、今のあたしは、こんなんじゃないんです」
「そうなんですか?」
「ケンジも友達もみんな口を揃えて言うんです。おまえは弾けすぎだって」
「意外!」
「だから、あたしがこんな顔をしてるの見たら、みんなきっと噴き出しちゃう」
「本当に?」
「本当に。でも、拓郎先輩の前じゃ、弾けられない。今はあの時のあたしに戻ってるから」
「あの頃は、貴女に何もしてあげられなかった。後悔しています」
「全然恋人同士、って感じじゃなかったですね」
「そうですね。手も繋いだこと、なかった」
ミカは、ケットの下で拓郎の手を探り当て、握りしめた。
拓郎は仰向けになったまま、ぎゅっと目を閉じた。
「ここだったら、誰にも見られないでしょ、先輩」
拓郎はゆっくりと身体をミカに向け直した。そして静かに腕を回して彼女の身体を抱きしめた。
「先輩……」拓郎の肩に顎をのせ、ミカはうっとりしたようにつぶやいた。