追憶タイム 前編-1
海棠ケンジ(28)と海棠ミカ(30)夫妻は、同じ東京の保健体育系大学の出身だ。ミカの方が二学年上。当時は二人とも水泳サークルに所属していて、先輩、後輩の関係だった。
ミカが4年生だった12月から二人は交際を始め、ケンジが卒業した後結婚した。
今はケンジが生まれ育った町でスイミングスクールを夫婦で経営している。
――10月。海棠家の前の街路樹の葉も、黄色や赤に染まりかけていた。
「すっかり秋だね」
「思い出に浸るにはいい季節だ」
「浸るような思い出なんて、あったっけ? ケンジ」
「あるだろ? 君との今までの時間。いつまでも浸っていたいほどの甘い思い出だらけじゃないか」
ミカが呆れたように笑った。「本気で言ってるのか? ケンジ」
「本気に決まってるだろ」ケンジも笑った。「そうだ、今度さ、久しぶりに大学に行ってみない?」
ミカは、自分の横に座らせている4歳になる息子の龍がテーブルにこぼしたご飯粒を拾って口に入れながら顔を上げた。「いいね」
「何年ぶりだっけ?」
「ケンジが卒業してからは6年ぶりじゃない」
「そうだね」ケンジは微笑みながらビールを煽りかけ、ふと手を止めた。「んっ?」
ケンジはグラスをテーブルに置いて向かいに座った幼い息子に向かって言った。
「こらっ! 龍、食事中にママのおっぱいを触るヤツがあるかっ!」
ミカが呆れて言った。「なに言ってるの? 四歳児の息子にヤキモチやいてどうするんだ」
「ママのおっぱいー」
ミカの隣に座った龍は、構わずその小さな手でミカのバストを執拗に触ったり揉んだりし続けた。
ミカは龍の頬を両手で包みこんで優しく言った。「龍はおとなしくお留守番できる?」
「おるすばん? できるよ。マユ姉ちゃんとこ、行くもん!」龍は大声で叫び、目を輝かせた。
「あははは、おまえマユ姉ちゃん、大好きだもんな」ミカは乱暴に龍の頭を撫でた。
龍が叫んだ『マユ姉ちゃん』というのは、彼のいとこのシンプソン・真雪のことである。
ケンジには双子の妹がいる。その妹マユミは、ケンジの高校時代からの親友ケネス・シンプソンと結婚した。
ケネスの家は、この町の老舗スイーツ店『Simpson's Chocolate House(愛称『シンチョコ』)』だ。ケネスとマユミの間には、これも双子の兄妹健太郎、真雪がいて、龍より4歳年上だった。今年小学校二年生になったこの二人のいとこは、龍のことが大のお気に入りで、特に真雪はいつも龍をまるで実の弟のようにかわいがってやっていた。