追憶タイム 前編-5
しばしの沈黙の後、ケンジがゆっくりと口を開いた。
「今夜、拓郎先輩と二人きりの夜を過ごしたらどうだい? ミカ」
「え?」ミカはカップを口から離してケンジを見た。
ケンジはかすかにうなずいてミカの目を見つめ返した。「募る話も、心の奥にしまってある思いもたくさんあるだろ?」
「そ、そんなことできません」拓郎が慌てて言った。「あ、あなたの大切なミカさんと二人きりになるなんて……」
「拓郎さんの、そのお人柄を見る限り、世間一般の者や貴男自身が心配するようなことにはならないと思いますよ」
「え?」
「今のミカは、僕の妻であることを忘れて、貴男との時間を過ごすことはありません。これは断言できます」
「ケンジ……」ミカが少し潤んだ目で横に座った夫の顔を見た。
「それが間違いないから、僕は貴男とミカが一夜を過ごすことを勧めているんです。その時、もし、思いが高まったら、身体を重ね合ってもいいじゃないですか。高校時代のように」
「ええっ?!」拓郎は大声を出した。
「僕らはもう、そういうことを乗り越えています。セックスは言葉にはできない思いを伝えたり、安らぎや癒しを与え合うものだって知っています。そしてそれは夫婦や恋人だけの特権ではないと僕もミカも解っています」
「で、でも、そ、そんなこと……」
「大丈夫」
「素敵」ミカも言った。「先輩、おつきあい頂けませんか?」
「ミ、ミカさんまで!」
「あの時みたいに、『ミカ』って呼んでください」
「えっ? えっ!」
「あたし、あの時先輩に伝えたかったこと、山ほどあるんです。是非」ミカは目を輝かせた。
「きっ、君たちは一体どういう夫婦なんですかっ!」
ケンジは拓郎にウィンクをした後ミカを見て微笑んだ。「じゃあミカ、先輩との今日の夕食の場所と時刻を、今ここで決めといたら?」
「そうだね」
「え? あ、あの……」拓郎はもはや言葉を失い、おろおろするばかりだった。
拓郎はミカとの約束を確認して、先に喫茶店を出て行った。拓郎の前のケーキは半分しか手がつけられていなかった。