第五話-5
「そんなことあったっけ?俺、なんにも聞いてないけど」
「だってあの時、リョウはクラコの家に遊びに行ってたでしょ。たしか、初めて遊びに行った時だと思うんだけど」
俺が初めてクラコの家へ遊びに行った日?
クラコの母親に案内されて部屋を覗いたら、クラコがぬいぐるみに愚痴をぶちまけていた時か。その後散々俺や母親に覗くなだの呼んでよだの文句を垂れていたっけ。
ちなみに母親は文句を軽く受け流した後、初対面であるはずの俺にクラコを預けて仕事に出かけていった。もしかしたら入学試験の時に俺に会ったこととか、色々と聞いていたのかもしれない。
「遅れて来たと思ったら、そんなことやってたのか」
「やってたのです。あの頃は、リョウはやんちゃな子どもって感じだったし」
「頼りなかったってことか」
「今もそうだけどね」
「そういうのはクラコの特権だ」
「あ、うん。そうだね」
互いに笑いあい、そして。
意識を、切り替える。
「ユイ。俺と恋人になってくれ」
「・・・ほえ?えっと、笑えない冗談だね」
「冗談なわけあるか。俺は本気だ」
そう。冗談なんかでは、決してない。
「リョウは、クラコのことが好きなんだよね?」
「ああ」
「そのクラコと、恋人になったんだよね?」
「ああ」
「じゃあ、どうしてそんなこと言うの?二年も一緒にいたけど、さすがに今のリョウが何を考えているのか、私にはわからないよ・・・」
誰にでも幸せになる権利はある。
ぬいぐるみとお喋りする人だろうと、十二年間独りぼっちだった人だろうと。
いや、正確には十二年じゃなくて十年か。
「期限付きの恋人だ。クラコには、あとで話す」
「どうして?なんで!?そんなの、クラコが納得するわけないじゃん!私だって、理解もできないよ・・・」
納得するわけないだろう。理解できるはずもないだろう。
「なら説明してやる。ユイ。お前が孤独だった十年間を、恋人として一緒になかったことにしてやるよ」
友達でもなく。親戚でもなく。恋人として。
友達はクラコとヨッシーで、親戚は烏丸さん。だが恋人はいない。だから、恋人。