ニンゲンシッキャク-9
「破壊的衝動」
サトウ マキ
必死に作って造り上げた物って、壊す時が一番ゾクゾクする。鳥肌なんて安っぽい感覚じゃ無い、きっと快感に体が打ち震えているの。
「では、数人に訊いてみましょうか。あなたがこの物語の主人公でしたら、どうしますか」
漢文の時間、前進先生が振り向く。物語の内容としてはこう、とある女の人が父親の部下の同僚と婚約されかけたことから塞ぎ込む。相思相愛の仲の男の人も悲しむんだけど、転任にかこつけて上京する。その時、病床に臥せっていた女の人の魂だけが男の人に追いかけて行った。それを知らない男の人は途中で追いついた女の人と、他の国に逃げる。五年間の同棲を経て、二人の子供と共に帰郷した。すると家で病床にあった女の人と、男の人と一緒に帰郷した女の人の体が一つに重なったという話。面白みの欠片も無い、どうしようも無い話。
「佐藤さん、あなたがこの男性だった場合と女性だった場合を教えて下さい」
「はい」
よりによって、わたしか。皆が注目する中、わたしはイスから立ち上がった。何て答えようか、一応体裁良く答えておこうかな。
「その男の人が上京したのは、自ら身を引いての行為だと思います。けれど、わたしなら諦めません。一応相思相愛なのだから、彼女の父親に直談判に行きます。女の人が魂だけでも彼の元へ行ったのは、見上げた執念だと思います。ここまで人を愛せるのは素晴らしい事だと思いますが、実際の行動が足りなかったとも考えられます。わたしなら、まずその婚約が執り行われる際に拒否します」
イスを引いて座る。数人が拍手をしたが、わたしの本当の意見は違う。
「はい、ありがとう。そこまで深く考えていましたか、凄いですね。他の人にも訊いてみましょうか。では、次に……」
こんなちんけな意見、わたしの言いたい事なんか一つも入っていない。本当のわたしなら。本当のわたし? 本当のわたし。本当のわたしって誰? 本当の? ほんとうの。ホントウの。本当の本当のわたし。ワタシ? わたし? 本当のわたしなら、こう言うはず「男の人だったとしても、女の人だったとしても心中します」って。授業はしめやかに続く。前進先生が何人かを指名して、それに受け答える。授業中にこんな気分になるのは、久しぶり。抑えなきゃ、誰にも知られない様にしなきゃ。
でも、わたしの中のもう一人が冷たく囁くの。
「速く、速く速く速く壊してしまえ」って。
*参考文献 「唐代伝奇 離魂記」陳玄祐撰
「異文化コミュニケーション」
シガ エル
規則なんか知るわけ無い、世間知らずの遭難者。
わたしは、中途編入生。日本のハイスクールに通う二年生。それにしても、日本っておかしな国だと思う。何かあれば、こそこそこそこそ鬱陶しい。ダディの買った、マンションの大家っていうのもおかしかった。ダディは、おかしければ笑えばいいと言っていた。後、部屋の両隣と上下の部屋に挨拶に行くのは何で?
知らない人にも挨拶されたり、同じ制服を着た人達にも肩を叩かれたりして挨拶される。特に近所の人に「行ってらっしゃい」って言われたら、何て言えばいいのか解らない。例えば「行ってきます」って言ったとしたら、わたしは途轍もない違和感を覚える。だって、そう言ったら。わたしは、その家に帰らなきゃいけないみたいじゃない。
入学初日には、土足だった事を注意された。下駄なんか履いていないのに、下駄箱に靴をしまわなきゃいけないし。それに、黒板は緑色。なら、緑板にすればいいのに。その上、廊下は左側通行だと教えられた。何でそこまで決めているのか、わたしにはさっぱり解らない。しかも、クラスメイトにはイギリス人のハーフだっていうだけで大騒ぎされる始末。その上、休み時間には他のクラスからもわたしを見に来る人が絶えなかった。わたしは、珍獣じゃない!