ニンゲンシッキャク-7
とある、放課後の事だった。ぼくは、自分のクラスのベランダで夕日を見ていた。ここから見える景色は良い、橙色の太陽がゆっくりと山の向こう側に消えて行く。雲や風、天気の具合で見え方が変わる夕日は綺麗だ。そして、夕日は死ぬ事が無い。例えばその日に消えてしまっても、死ぬ事が無い。
「西郷くん」
後ろからの声に振り向くと、そこには板垣さんがいた。
「少し、話しませんか」
「いいですよ」
板垣さんは、ぼくの右隣に移動した。
「西郷くんは、動物が好きだと伺いました」
「ええ、好きです」
「動物アレルギーはあります? 例えば、犬は?」
「一切ありません」
「わたしの友人の家で、産まれたばかりの仔犬がいるのですが」
「いりません」
互いに顔は一切見なかった、いや見ていないのはぼくだけかもしれないが。ぼくはそれでも、彼女の質問には即答していた。
「マンションに住んでいるのですか?」
「いいえ、一軒家です」
「家族の方が、動物嫌いなのですね?」
「違います」
「何かあるのですか?」
板垣さんの声のトーンは、初めと全く変わらなかった。
「板垣さん、動物を飼ったことはありますか」
ぼくは、話すことにした。きっと、軽蔑されるに違いないと考えながら拙い言葉を編む。ぼくは、ここで初めて彼女を見た。はた、と目が合う。きっと、彼女は人の目を見て話すタイプの人なんだろうなと思った。彼女の大きな目は、ぼくを捕らえて放さなかった。身動きさえ出来ない。
「はい、猫を飼っていますが……それが何か?」
「例えば、の話をします。あなたの飼っていた猫が死んでしまった。あなたは、とても悲しい」
「悲しいでしょうね。多分、ショックで暫く眠れない日々が続くでしょう」
「だから、ぼくは飼わない」
ぼくは、きっぱりと言い放った。彼女の瞳が揺らめく。
「西郷くん、それは違うわ。わたし達は、動物が死ぬことを知っている。寿命には逆らえないもの、それに彼らが死んでしまったらとても悲しむ。けれど、そんな事を言っていたら……わたし達は生きる喜びを感じることは出来ません。わたしは今飼っている猫が死んでしまったら、多分また似た様な猫を飼うでしょう。一緒に暮らす思い出を考えれば、プラスの感情の方が大きいから」
ぼく達の間に、風が吹き抜けた様だった。ぼくは、決心する。今まで、考えていた事が馬鹿馬鹿しく感じる程に清々しく爽快だった。
「板垣さん」
「はい」
「……その仔犬を、頂ける様に頼んでくれませんか」
彼女は一瞬、更に目を大きく見開いてから笑った。
「勿論」
今日の夕日は、一段と綺麗だった。
「それから」
あなたが好きです、と言おう。
「ラッキーエイト」
サイトウ ハチ
俺、「七」っていう数が好きなんで。解るかな、「ラッキーセブン」って。ツイてそうな数字じゃん。で、訊きたいんだけど。
「お袋、何で俺の名前は波知なんだよ。俺、ぜってぇ志智が良かったし」
「馬鹿だねえ、それじゃお父さんと同じ名前じゃない。本人はいいけど、呼ぶこっちの身にもなりなさいな。お父さんが七で、あんたが八なんだからいいでしょう」
お袋は俺の話に耳を貸さず、夕飯の支度をしていた。どうやら、夕飯は冷麦らしい。夕飯まで手抜きかよ。マジありえねー。