ニンゲンシッキャク-5
「そうですか」
「はい、旅行は大人になってからでも行けます」
「そうですね」
「すみません、呼び止めてしまって」
「いえ、実は奨学金の廃止かと思って焦りました」
俺はとてもじゃないが、兄弟には見せられない様な顔をしていたと思う。
家に帰れば、すぐ下の妹と弟に詰め寄られた。
「ただいま……ど、どうしたんだ?」
思わず、しどろもどろにしか喋れなくなる。
「兄貴、前川先生から電話がかかってきたの。……どういうことなの? あたしには修学旅行に行かせといて、自分は行かないの? 答えて」
「前進先生が? 他に何か言ってなかったか?」
「言ってない、そうじゃないの! 兄貴は、修学旅行に行かせる! 何としてもね、宗二?」
低血圧の美空が、かつてこれまで喋ったことがあっただろうか。いや、無かった。宗二郎は黙って頷いている。横目で他の弟達を見れば、テレビに夢中になっていた。
「当然だ、切り詰めれば何とかなるし。それならそれで、バイトだってする! 行けよ、宗兄」
「宗二郎……、お前まだ中学生だろう……」
ブイサインを出す宗二郎の手を押し戻させ、再び顔を見る。
「そ……それは、それ。俺は宗兄に、自分を殺してまで俺達の面倒を見る事なんてさせたくねぇんだ。だから、その……何だ……たくさん思い出を作ってきて欲しい。長男だから、とか無しで」
「家のことは任せてよ、兄貴の修学旅行中くらいは何とかするって。ね、宗二?」
「まーな」
勝手に話を進める二人を制止する。
「けど……」
「けども、何もねぇんだ! 行けよ!」
狭い玄関内での攻防。二対一で、いや前進先生を入れれば三だ。三対一で俺に勝ち目があるわけがない。
「宗二の言う通りだよ、解った兄貴?」
目頭が熱くなる。
「俺は……、幸せだ」
俺は、頼もしい家族を抱きしめた。