ニンゲンシッキャク-23
なーんで、手から入ったのに足を洗うわけ?
それから、さ。
「何それ、チョーおかしいんですけど」
え? ちょっと待って。おかしいなら、笑えばいいじゃない。
「この度、新築しましたー」
あのさ、あんまり言いたく無いけど。あなたが建てたわけじゃないよね? あなたは、お金を出しただけだよね? 実際に建てるのは、大工さんか建築家辺りの人だよね? だって、あなたはシステム・エンジニアが職業でしょう? 誰か、教えてよ。何で、北海道は北海って略さないの? 曖昧大国、ビバ日本ッ!
おかしいよね? あはははは!
「芸術至上主義志向」
ムナカタ ソラ
わたし、芸術の為なら死ねます。其の辺りなら、芥川くんと同意を示せる所は多々あります。芸術こそ人間を豊かにさせ、死すら超越するのです。
ガシャッ。
美術室には、珍しい客人だった。酷くうっとりした様な顔付きで、芥川くんは描き上げた絵を見ていた。わたしは特に気にも留めず、傍の椅子に腰掛けた。絵を見ているときに邪魔される悔しさは、よく知っている方だから。
「棟方さん、これは貴女の作品ですか」
目を離さず訊く。彼は、まるで芸術と一体化してしまった様だった。わたしは人物画をなかなか描かない方だけれど、彼のことは本気で描きたいと思った。
「ええ、そう」
「素敵ですね」
全ての芸術は、人に認めてもらった時点で初めて完成する。これはわたしの持論だけど、価値のあるものは全てそうだと思う。例えば、宝石。血眼になって欲しがる人がいるけど、だからこそ価値は高騰するわけでしょう。誰も見向きをしなかったら、ただの石ころに過ぎないと思う。
「ありがとう」
「とても魅了される、貴女の瞳の様に奥深い」
「ありがとう」
「テーマは何ですか」
芥川くんは、絵から目を離そうとしなかった。わたしは、それが嬉しかった。ああ、わたしはやり遂げたんだという達成感に包まれる。あなたは、最高に崇高な人。あなたを見ているだけで、胸がこんなに熱い。だから、わたしは簡潔に答える。あなたの為に。
「蒼の眠り」
「やはり……、惹かれる。貴女の作品は素晴らしい」
彼の微笑んだ顔を、わたしは初めて見たかもしれない。しかし、絵に向かって。わたしは、それが何より嬉しい。例え互いが違う物に携っていたとしても、筆を握ることには変わりないでしょう。芥川くんとは、深いところで繋がりを感じる。第六感の様なもので、何の根拠もないけれど。わたしは。
「ありがとう」
「貴女を、とても愛おしく思います」
「駄目よ、わたしを愛してくれるのは芸術だけ。同様に、わたしが愛するのは芸術だけと決めているの。ただ愛人になら、してあげてもいいわ」
でも、少しだけ違う。あなたは、絵ではなくわたしを見た。解るでしょう、わたしの見て欲しい物は絵なの。
「光栄ですね」
「けれど、貴方の文章なら幾らでも愛せるわ」
偶然見つけた、芥川祥太郎作短編集『蒼の眠り』。わたしは一点の迷いもなく購入した。あまりクラスメイトには知られていないみたいだけど、巷ではかなり有名みたい。まあ、二年Bクラスは本を読まない人の集まりだから仕方ないかもしれないけど。図書室にも置いていないみたいだし。芥川くんは、いつも通り変わらないし。けれど、普通の中に混じっても解る。掃き溜めの中の鶴じゃないけど、天才は凡人の中にいられないものよ。解る?