ニンゲンシッキャク-22
「魚、心あれば、水、心あり」
マツシタ リュウノスケ
ぼく、松下になりました。そう、Aクラスの松下徳仁と兄弟になりました。血は繋がっていませんが、ぼくは兄が出来た事が嬉しいのです。
「徳仁ッ!」
単に同じ高校だという事だけでも嬉しく、思わず声を掛けた。
「………気安く話し掛けるな、妾腹が」
ぼくと擦れ違う瞬間、徳仁は囁くほどの小さな声で言いました。徳仁は頭が良くて、スッとした顔立ちの綺麗な人です。家柄も良く、裕福な人です。誰にでも優しく、分け隔ての無い平等精神の塊の様な人だと思っていました。
「何度、言ったら解るんだよ。この、屑がッ!」
家に帰るなり押し倒され、馬乗りにされ、口にスリッパを突っ込まれた。
「学校じゃ、話し掛けるなって言っているだろうがッ!」
ぼくは、逆らえない。母は、死にました。母は、亡くなる前に言いました。「松下貴仁、という人を訪ねなさい」と。松下貴仁さんは、ぼくの本当の死んでいなかった父でした。貴仁さんは、ぼくに良くしてくれます。ただ。
「聞いているのか、愚図(ぐず)ッ! お前が俺の弟? 舐めるな、いい加減にしろ。俺は、お前の兄なわけないだろうがッ!」
唱える様に、自分に暗示をかけるかの様に言い続けました。ぼくは、その時とても惨めな気分になります。ぼくは、泣きました。此処を出れば、居場所はありません。貴仁さんには、口が裂けても言えません。呆然と、ぼくは謝るだけでした。
「ハァ? 何を謝っているのか、訊いているんだ!」
徳仁はぼくの髪を掴み、再び床に叩き付けた。頭の中に鈍い音と痛みが響くのが、じんわりと解りました。
「いいか、馬鹿なお前に教えてやる。生・ま・れ・て・き・て・ご・め・ん・な・さ・い、だ。言ってみろ」
「生まれ……て……きて……、ごめ……んなさ……い」
微かにしか、声も出なくなっていた。顔の痛みも、段々と鈍くなっていた。
「フン、この屑が。二度と高校で話掛けるなよ。お前と俺じゃ、住む世界が違うんだよ。滓(かす)がッ!」
「うッ、ゴホ、ゲホゲホ……ッ」
仕上げに鳩尾を蹴られ、ぼくは咳き込むだけだった。
ぼくは本当に、嬉しかったんだ。初めて、一人じゃないって解ったんだ。嘘じゃないよ、憧れていた君と兄弟になれたなんて。ぼくにとっては、自慢だったんだ。
だからね、ぼくが受け入れられないのはぼくのせいだって解るんだよ。ごめんね、徳仁。
「日本語っておかしくない?」
ミヤモト タケノ
ねぇねぇ、最近聞いたんだけど。「勿体無い」っていう意味の言葉を表わす言語が、日本語だけって本当?
物事を始める。
「手を染める」
悪事から手を引く。
「足を洗う」