ニンゲンシッキャク-21
「解ってる、でも好き」
「紫子、よーく考えて。本当に前進先生のことが好き? 愛してる? 結婚したい? ずっと一緒にいたい? キスしたい?」
そろそろ、放送禁止用語が出そうなので打ち切る。
「わたし、本気だから」
「無理無理無理、無理。百パーセント無理!」
友人は、ぶんぶんと頭を振った。
「無理かどうかは、言ってみなきゃ解んない」
「絶対、サラッと流される!」
「思い立ったが吉日、言ってくる」
わたしは、勢いよく走り出した。陸上部の足を生かし、先生を探しに行く。
「紫子ぉー、無理よー……」
遠く聞こえる友人の声。
に、至る。
「それでは、部活頑張って下さいね」
「前進先生……」
「ほら、学生のうちですよ」
「でも好き」
わたしは、涙を飲んだ。
それなら、わたしにだって考えがある。
「べ、別所さん……。なぜ、ここに……」
「来ちゃった」
本当は、お帰りなさいって言うつもりだったのに。
「ほら、御家族の方が心配するでしょう。送っていきますから、帰りましょう」
どうやら、前進先生は戸建てに家族と同居しているらしい。
「進、いいじゃないの。可愛い生徒さんじゃない、ねぇあなた」
「そうだ、生徒には誠意を持って対応するのだろう」
前進先生がわたしの手を掴む中、先生の両親が間に入った。
「だから、帰らせるんです」
前進先生の、真面目っ子ー。
「前進先生……」
うるうると、例のチワワの真似をする。
「進、生徒に手を出すわけでは無いのだろう」
先生の御祖父ちゃん、話せるぅ。御祖父ちゃん、しかも何か格好良いよー。哀愁、よろしく! みたいな。
「では、御家族の方に電話を入れます」
「……え」
玄関にあった子機を取り、市外局番を押し始める。
「え、とは何ですか。ほら、帰りましょう」
先生は子機を戻し、わたしを連れ出す。
「母さん、別所さんのカバンを」
先生のお母さんは、わたしのカバンを出した。
「前進先生……」
渋々、前進先生の車に乗り込む。シルバーの乗用車、柑橘系の香りがする。煙草は吸っていないみたい、灰皿が綺麗だし。
「今日の事は、無かった事にして置きます」
「……前進先生、実家から通っているんですね」
「互いに忘れましょう」
「……………」
家庭訪問をしただけあって、前進先生は正確にわたしの家に車を走らせた。
「別所さん、聞いていますか」
赤信号は、一つも無かった。まるで、先生から早く離れなさいって言ってるみたいに。
「い、嫌……。だって……、前進先生のこと……好きだから」
泣くのは反則だと思って、今まで我慢していたけど駄目だった。だから、せめて声を殺して泣いていた。
「先生と、呼ぶ内は無理でしょう。解りやすく言うとしたら、君が生徒の内は。ぼくは、君の未来を潰す気はありません」
先生は、一回もわたしを見なかった。
「はひ……ッ」
「ぼくを先生と呼ばなくなったら、考えましょう。待ちますよ、縛ることはしません。君が卒業し、一年経って……。それでも、ぼくの事を考えていてくれるのだとしたら。そうですね、ぼくも考えましょう。解りましたか」
やっぱり、わたし前進先生が好き。
*教師 主に、生徒(学生)との交際は認められていない。社会的にも。しかし卒業後の交際を経て結婚するパターンは、意外に少なくない。