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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第7話-4

「ねぇ、待ってよ。悪かったわ、謝るから」
少し先を歩いていた圭輔は、渋々と振り返った。
絢子は彼の元に駆け寄ると、その腕にしなだれかかる。
「酔っちゃって、一人じゃ帰れそうにないの。ここから圭輔の家の方が近いから、今夜、泊めてくれない?」
「何バカな事言ってんだよ」
「友達でしょう?…冷たい」
「絢子、無理だから、悪いけど一人で帰れよ」
きっぱりとそう言い切った。
あの子を誤解させるようなことは、したくないから。
それっきり、圭輔は絢子の顔を見なかった。
彼の頑なな様子を見て、彼女は、すっと体を引いた。
「もう、許してよ、ごめん。そんなに怒ると思わなかったから。じゃあ、せめて家まで送ってくれるわよね?」
圭輔は無言で頷くと、タクシーを拾って、酔いが回って足がもつれかけている彼女を後部座席に座らせ、自分は助手席に座ろうとすると、ぐっと腕を引かれた。
「隣にいてくれなきゃやだ」
「はいはい…」
仕方なく一緒に後部座席に乗り込むと、絢子が身を寄せてきた。
「ねぇ、圭輔。さっきの、冗談じゃなくて本気なの……今夜、一緒にいて?一人じゃ不安で」
彼女の濡れた瞳。眦には微かに涙が滲んでいる。
「絢子、どうかしたのか……?」
先程から彼女の様子が不安定で、明らかにおかしいと思い、圭輔は問い掛けた。
その言葉を切っ掛けに、彼女の瞳から涙が一筋、頬を伝った。
「あたしね、付き合ってた彼とちょっと前に別れ話を切り出したんだけど、彼なかなか諦めてくれなくて…。最近いつも家の前で待ち伏せされて、帰るのがすごく…怖いの」
啜り泣きながら、ぽつりぽつりと彼女は不安げに語り出す。
「警察には、言ったのか」
無言で首を横に振り、
「さっきも携帯見たら、彼から何件もメールや着信があった…このままだとあたし……」
両手で顔を覆って、涙ながらに訴えかける、そんな彼女の様子を見つめながら、彼は考えていた。
鬩ぎ合いだった。目の前の友人を冷たく突き放せない。だが、あの子を裏切りたくない。
「……わかった、とりあえず絢子の家まで行くから」
ようやく、苦い表情で、圭輔はそう答えた。
こんな状態の彼女を一人で帰すのはあまりにも酷だと思ったが、それは同時に英里を哀しませる事になるかもしれない。その事が、彼の胸を鈍く締め付ける。
「いいの?」
「あぁ。このまま一人で家に帰すのも心配だからな」
心中の葛藤を閉じ込めて、泣いている彼女を宥めるように淡く微笑む。
「ありがとう……!」
涙を拭って、彼女は微笑んだ。



「えーっ、ついにプロポーズされたのっ!?」
正面に座る友人、穂積陽菜の興奮した大声が店内に響き渡り、他の客の視線が、英里達のテーブルに一斉に集まった。
大学の帰り、英里は彼女を食事へと誘ったのだった。
圭輔に会いたかった気持ちもあるが、まだ告白の返答も考え付いておらず、会う勇気がない。
交際相手を唯一明かしている友人である彼女に相談しようと思ったのだった。
「ちょ、ちょっと、声が大きいよ……」
「ごめん、ごめん、驚いちゃって。てかマジで!?」
「う、うん……」
まだ周囲の目を気にしながら、英里は声のトーンを落として、神妙な顔付きで頷いた。
「おめでと―――!!!いいなぁ〜…ってその割には浮かない顔してるよね。何かあったの?」
英里は溜息を零し、
「だって、結婚なんて思ってもみなかったから…」
「結婚したいって言われて、嬉しくないの??」
じっと、正面に座る彼女が英里の顔を見つめる。
「……私との事、そんな風に考えてくれてたのは嬉しい、けど」
「何か悩みでもあんの?」
怪訝そうな表情で問い返す陽菜に、
「だって、これから一緒に過ごす相手が私なんかでいいのかなって…」
いつも自分の中に燻ぶっている負の感情。俯き加減で英里は答えた。
「一緒にいたいからプロポーズされたんじゃないの?だったらそんな心配全っ然必要ないじゃんよ」
「私、家事とか女らしいこと何にもできないし……」
「そーんなの、心配しなくてもやってりゃ適当にできるようになるって!」
「でも、両親に反対されるだろうし……」
そう言った次の瞬間、煮え切らない英里とのやり取りに苛々が頂点に達した陽菜は、テーブルをドンと叩いて、一層声を張り上げた。
「もう!さっきから焦れったいなぁ!“だって”も“けど”も “でも”もない!簡単に結婚なんて言い出すような人じゃないんでしょ?そんな消極的に考えてちゃ、先生が可哀想だよ。英里はどうしたいのかが大切なんじゃないの!?」
彼女の剣幕に圧されて、英里は怯んだが、切なそうに顔を歪めた。
「そ、そんなこと言ったって、急に決められないよ!これからずっと一緒に暮らすんだよ!?すぐ決断なんて、できない…」
好きだからこそ悩む。彼の一生を、台無しにしたくないから。
懊悩する様子を見て、少し興奮が収まったのか、陽菜は溜息を一つ吐くと、
「まぁ、結局は英里の気持ちの問題だから、あたしがどーこー言うことじゃないけど…。お似合いだと思うけどなぁ」
「……ありがと。ちょっと自信ついた」
「英里はもっと自分に自信持ってもいいと思うけどね」
屈託なく微笑む、そんな友人の言葉に救われたような気がした英里は、微かに微笑んだ。
自分の、気持ちの問題。


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