第7話-22
「ただいま」
「英里、お帰りなさい。次のお見合いなんだけど……」
「ううん、もういいの」
帰宅した英里を出迎えた母親の催促を遮り、 晴れやかな笑顔で、彼女はきっぱりとそう答えた。
「相手の人にも失礼だし、私はあの人以外とは絶対に誰とも結婚しないって決めたの。お父さんとお母さんが、許してくれるまで待つから。きっと、いい人だってわかってくれるって信じてる。じゃあ、今日は疲れたからもう寝るね。おやすみなさい」
英里の姿が見えなくなると、彼女の母は軽く嘆息した。
娘の様子が明らかに違う。
以前は、彼との関係を問い質される度に、心を掻き乱されて、罪悪感に満ち溢れていた。そんな状態ならば、揺さ振れば、きっと自分の過ちに気付いて、諦めると思っていたのに。
頑固なところがある彼女だ、こうなってしまうと簡単にはいかない。
「もう、決心したってことなのね……」
彼女の母親は半ば諦めたような、ほんの僅かな微笑を零した。
「あー……だめだ、いざこうなると、緊張して吐きそう……」
「ふふふっ、圭輔さんのそんな様子見るの初めてかも」
隣ですっかり浮き足立っている圭輔を横目に、英里は笑いを噛み殺す。
「面白がってる場合じゃないだろ、ちゃんとフォローしてくれよなぁ。俺、印象マイナスからのスタートなんだから……」
「大丈夫ですよ。だって、うちの両親忙しいし、認めてくれる気がないんだったら、最初っから会う時間なんて絶対作りませんから」
自信もって、と励ますように、にっこりと微笑んでみせる。
あれから数カ月が経過し、英里の周りの環境は変わりつつあった。離婚寸前の状態だった両親も、彼女の必死の説得で今は思い直して、また一から家族関係の修復を始めている。
今まで一緒に食事をする機会もあまりなかったが、できるだけ家族で過ごす時間を作るようにしてくれている。
自分は被害者だと思い込み、ただ卑屈になって、何も行動を起こさなかった。
子どものままのように両親からの愛情を一方的に求めるだけで、自分も愛して、歩み寄る努力をしようとしなかった。
相手を思い遣ることの大切さを、彼が教えてくれたから、今の自分の姿がある。
彼に気付かれないように、そっと感謝と尊敬の念を込めた眼差しで見つめる。
「……そろそろ約束の時間ですね」
「あ、ああ。そうだな」
きっちり正装した彼は、気合を入れるかのように、きゅっ、とネクタイを締め直すと、
「行くか」
そう言って、英里の方に手を差し伸べる。
「はい」
これから、また新しい家族の絆を築いていく、今日はその第一歩の日。
笑顔で圭輔の手を取った、英里の左手の薬指には、彼が贈った誓いの指輪が燦然と輝いていた。
<第7話・完>
―あとがき―
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。たくさんのご感想、レビュー、そして投票をしていただき、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
第7話の掲載がとても遅くなり、大変申し訳ありません。この二人の話を書くのはとても楽しい反面、こんなに長い話を書いたのも初めてで、話数が進む度に、できるだけ良いものを書きたいという思いが強くありました。なかなか文章が書けなかった時に、何とか絞り出して書き上げた話のせいか、自分の中であまり納得がいかず、書き直したいと思いながらも、結局できないままになってしまいました……。反省点も多々ありますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
それでは、またこちらに投稿させていただく機会がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。