第7話-17
「いやじゃ、ない……」
(その流し目、反則……)
気持ちが通じ合えた幸せと少しの恥ずかしさで、体中が熱い。鼓動が高らかに響く。
「英里、愛してるよ。これからも、ずっと」
「私も……」
至近距離で微笑を交わした直後、二人の唇が重なりかけた時、
「あっ」
「何だよ、また寸止め?」
少し不満げに、 圭輔は口を尖らせる。
「ち、違います、そういえば私、両親にお見合いのこと報告してないと思って……」
「あー、そうだな。今夜はさすがに帰らないと心配するか。じゃあ、これから送るよ」
英里の頭をぽんぽんと撫で、少し残念そうな顔で圭輔は立ち上がろうとする。
そんな彼のシャツの袖を、英里はぐっと掴んだ。
「……英里?」
「圭輔さん……まだ……もう少しここにいたい」
熱く瞳を潤ませて、英里は圭輔を見つめる。
「でも……」
「いいんです、私のこと離さないで」
一緒に居たい。もっとたくさん、話したい、あなたのこと知りたい。今はもっと、あなたの温もりを感じたい。
そんな思いを込めて、英里は俯きがちになりながらも、より強く、彼のシャツを握った。
圭輔は、もう一度彼女の横に座ると、
「本気にしても、いいのか……?」
耳元に唇を寄せ、熱っぽく囁く。
彼のその艶めいた声音に頬を赤らめた英里は、こくん、と無言で頷いた。
「ちょっとだけ、待ってて下さい」
英里は体を起こすと、自宅へ連絡を入れる。
幸い、あの一連の騒動の顛末は両親の耳には伝わっていないようだった。
その間、圭輔は浴室へと向かい、軽くシャワーを浴びた。
洗面所に映る、自分の顔。頬にはまだうっすらと赤い筋が残っている。
以前、彼女の母親に打たれた時にできた、彼女を守った証。
浴室から出ると、彼女もちょうど電話を終えたところだった。
「あ……」
上半身裸の彼の姿が視界に入り、恥ずかしげに視線を反らす。
その逞しい体を見せられると、胸がざわめいてしまう。俄かに体が熱を帯びる。
「どうだった?」
「あ、はい。上手くいかなかったって言っても納得してくれないかなと思ってたんですけど、相手の方から既にお断りの連絡があったそうで。あはは、振られちゃいました」
「……そっか」
困ったような表情で微笑む英里の返答に、圭輔はほんの少し安堵する。
が、それと同時にふとある事に気付くと、
「んー、待てよ、てことは……」
「はい、また次の相手を探すって母が意気込んでました……」
彼の心中を察してか、英里も眉を顰めて、深く嘆息する。
「だよなぁ……ま、とりあえず、英里もシャワー浴びれば?」
「あ、はい……」
今後のことを予想したのか、心なしか足取りの重い英里の姿が完全に見えなくなった後、
(さっさと挨拶に行かないと、きりねえな、これは……)
内心、圭輔はそう独りごちる。
今回はあんな思いつきのお粗末な芝居で何とか切り抜けたが、そう何度も彼女の両親を欺けるとは到底思えない。
―――次こそ、本気で殴られる覚悟を固めなければならないか。
しばらくすると、英里もバスタオルを巻いて、そっと浴室から出てきた。
長い髪は濡れないよう、おだんごにまとめたままだった。
うなじにはりついた後れ毛がとても色っぽい。
まだ照れがあるのか、俯いて胸元のバスタオルをしっかり掴んでいる。そんな仕種が可愛らしいと同時に、余計情欲を煽られる。
英里が視線を上げると、ソファに腰掛けていた圭輔は彼女をじっと見つめていた。
胸の鼓動がどんどん早くなり、目が反らせない。そのまま静かに見つめ合う。
視線が交錯する。行き着く思いの先は同じ。早く、互いの熱を分かち合いたい。
浴室の前で棒立ちのままの英里に向けて、圭輔は淡く笑みを浮かべると、すっと、手を差し伸べる。
「英里、おいで」
いつかのデジャヴ。
(そうだ、初めて圭輔さんと……)
この部屋で結ばれた時と同じシチュエーション。
磁石が引き合うかのように抗えない、彼の言葉。
先程まで感じていた羞恥心も掻き消えて、英里は彼の方へ引き寄せられるように、ゆっくりと歩いていく。
足を開いてソファに座っている圭輔の間に、英里はためらいがちに腰掛けた。
そのまま、後ろからきつく抱き締められる。背中に覆い被さってくる彼の重みが愛おしい。
「何だか、初めて英里を抱いた時のこと、思い出すよ……」
どうやら圭輔も、英里と同じことを考えていたようだった。
「あの時、英里ガッチガチに緊張してて可愛かったなぁ」
そう忍び笑いを漏らす。当の彼女としてはあまり良い気分ではない。
「し、しょうがないじゃないですか……経験なかったんですから。私の初めては、全部圭輔さんにあげたんだから、最後までちゃんと責任取って下さいよね」
つん、と取り澄ましたように皮肉を言ってみても、顔が耳まで真っ赤に染まっていては照れ隠しなのは明白だった。
しかし、そんな彼女の様子に、圭輔の胸は熱くなる。
「……英里って、ほんと俺を惑わせるのが上手いよなぁ」
「え…?」
「さっきまで結婚なんてしたくないって言ってたのに、急に逆プロポーズされるとは思わなかった」
「どういう意味……」
「だってさ、最後まで責任取れって、つまりそういうことだろ?」
もう見慣れてしまった意地悪な笑顔で、そう問い返されると、口ごもってしまう。
「うー……」
「これからも、英里の手の平の上で転がされるのかな俺。うん、それも悪くないか」
目を細めて、優しく彼女の指通りの良い長い髪を梳きながら、圭輔は嘯く。
「な、何言ってるんですか!どっちかって言うと、圭輔さんの方が……」
自分を翻弄してやまない、愛しい人。
困ったような顔で彼を見つめる、そんな彼女の表情が可愛らしい。