君を諦めたくない1-1
◇ ◇ ◇
「ほれ」
久留米が熱いココアを芽衣子に差し出した。
あれから久留米は足も竦んで動けなかった芽衣子をおぶって、彼女のアパートへと連れてきた。
しかし、家に着いてもまだまだ震えが止まらない芽衣子をなんとか落ち着かせるために、奴はクソ暑い8月なのに熱々のココアを作ったのだ。
テーブルの上に出されたココアをぼんやり見つめる芽衣子の左頬にはカットされた冷却シートが貼り付けられていた。
暗がりでは気付かなかった芽衣子の頬は真っ赤に腫れていて、慌てて久留米が手当てしたのだ。
とにかく冷やすものをと考えた結果が、こんなマヌケな処置になってしまったらしいが、それでも芽衣子は黙って奴の手当てを受けていた。
芽衣子を襲ったあの男を逃がしてしまったことだけが悔いが残ってしまったが、もし警察に突き出せたとしても芽衣子は辛いあの状況を事細かく話さなくてはいけないし、これでよかったのかななんて考えてしまう。
でもこういう事件の陰では、こうやって泣き寝入りする人がたくさんいるのを思うと、どうか犠牲者がこれ以上出ないように、そしてあの男に天罰を、と願わずにはいられなかった。
しばらく動かなかった芽衣子は目の前のマグカップにようやく手を伸ばし、一口だけ口に含んだ。
不安気な表情で久留米も、そして俺も園田も芽衣子の動きを見守っていた。
やがて、芽衣子は
「久留米くん、薄いよこれ」
とほんの少しだけ笑ってくれた。